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しおりを挟む翌朝。
ブリジットが朝食を取り、食後の紅茶を飲んで一息ついた所でルーカスの訪問が護衛から伝えられる。
幼い頃から一緒に過ごす事の多かった二人は、互いに朝のルーティンを知っている。
だからルーカスは、ブリジットが何時頃に起きて、朝食後はどんな風に過ごすかを知っているからこそ、落ち着いた頃合に訪問したのだろう。
「分かったわ、通して大丈夫」
ブリジットは護衛に笑いかけ、返事をする。
護衛はブリジットから伝えられた言葉に頷いて玄関の扉を開けた。
昨日のような慌てたような様子はなりを潜め、ルーカスは落ち着いた足取りでブリジットの前まで足を進めた。
「──ブリジット。おはよう、昨日はあんな格好で来てしまってすまなかった」
「……ルーカ、……ラスフィールド卿。いえ、気にしないで下さい」
ぷいっとそっぽを向いてしまうブリジットに、ルーカスは眉を下げて笑う。
(昨日、寝る前はルーカス様に会ったら色々話をしよう、とは思ったけど……)
実際、ルーカスを目の前にしてしまえばブリジットは考えていた事と真逆の事をしてしまっていて。
幼子のような態度を取ってしまう自分自身に焦りを感じるが、どうしてもルーカスの前では素直になれない。
そんなブリジットを知ってか知らずか、普段のルーカスであればここでまたお小言が始まるのだが、ルーカスはブリジットを諌める事無く「そうだ」と声を漏らしてブリジットに何かを差し出した。
「朝……、町を歩いていたらもう花屋が開いていて……。ミモザが咲いていたんだ。綺麗だったからブリジットに贈りたくて……受け取ってくれるか?」
「──え、あ……、はい。ありがとうございます……」
小さくちょこんと纏められた花束を受け取り、ブリジットはルーカスと自分の手の中のミモザの花束を交互に見つめる。
──ルーカス、らしい。
とブリジットは思ってしまう。
花束を貰うなんて久しぶりだ。誕生日などの記念の時にしか花束をもらった事が無い。
花束を贈る、と言う行為がとてつもなく照れくさいらしく、誕生日の時はいつも顔を背けながらルーカスから渡されていた。
けれど、とブリジットはちらりとルーカスを盗み見る。
小さく、可愛らしい花束とは言え花束は花束。
いったいどんな顔で花屋でこれを頼んだのだろうか、とブリジットはルーカスの心情を考えて擽ったい気持ちになる。
黄色と、白色のミモザがバランス良く散りばめられて、所々アクセントに紫色の藤の花が混ぜられている。
「ありがとうございます、部屋に飾らせて頂きます」
「──ああ」
ブリジットの言葉に、ルーカスは安堵したように息を吐き出す。
ブリジットは花束をニアに渡し、部屋に飾るように告げてからルーカスをソファに勧める。
ブリジットの目の前に座ったルーカスは、そわそわと自分の指先を動かしながら視線を落としていて、ブリジットも気まずさからどう会話をすれば良いのか、と二人の間にはどこか緊張感が流れている。
だが、無言でいるのは少しの間だけで。
ルーカスは意を決して顔を上げると、ブリジットに向かって口を開いた。
「ブリジット、会ってくれてありがとう。……そして、今までブリジットを傷付けて来てすまない……。どうしても、謝りたくて……迷惑を掛けるとは分かっていたのだが追って来てしまった……」
「──っ、いえ……。その……、私もあの時は申し訳ございません。かっとしてしまって……」
「いや、ブリジットが怒るのも当然だ……。無神経な言葉達で傷付けてすまない……」
ずん、と項垂れるルーカスにブリジットも心の中にあったモヤモヤとした気持ちが晴れて行くのを感じる。
ブリジットはふるふる、と首を横に振りルーカスに向かって言葉を返した。
「私も、酷い事を言ってルーカス、様を傷付けました。おあいこですね」
苦笑するブリジットの口からラスフィールド卿、と言う言葉では無く今までのように「ルーカス様」と呼ばれた事にルーカスは俯いていた顔を勢い良く上げた。
「えっと……。ルーカス様は、今日お時間はあるのですか? お仕事、長くお休み出来ないと思うのですが……」
「──っ! ああ、大丈夫だ……! 騎士団の仕事は、一年間殆ど私用で休みを取っていなかったので、有り余っていたから全部使った……! ブリジットと一緒に帰るから問題無い!」
「そ、そうですか……。ならば、その……今日は町の外れにある丘に行く予定なのですけど……」
「一緒に行く!」
どこかギクシャクとする二人ではあるが、昨日ここに来てからずっと強ばっていた表情のルーカスもようやく笑顔を見せ、ブリジットも表情が柔らかくなっている。
護衛とメイドのニアは心配していた二人がやっと今まで通りの二人に戻れそうだ、とほっと胸を撫で下ろした──。
◇◆◇
「……ん、ここの店の串肉は美味いな。昨日のあの店も料理は美味かったが……」
同時刻、町の中。
外套を纏った男は楽しげに町中を見て周り、店で買った串肉を咀嚼しながら小さな噴水がある公園のベンチに座る。
「……昨日の黒髪のあの女性……貴族令嬢だよな……」
男はどこかぽうっと惚けるように呟く。
艶やかな黒髪が歩く度に揺れて、目を惹かれた。
意思の強い瞳、けれど愛らしいローズピンクの瞳が自分を一瞬だけ見やった時にどきり、と胸が高鳴ったのを確かに感じた。
「……あの女性が誰なのか……戻ったら調べてみるか……」
自分の国にはいないタイプの女性だ。
可愛らしいけど、美しい。
あの時、あの場所で怯えるでも無く泣き出す訳でも無く冷静に状況を見ていた。
そして、的確に自分の護衛に指示を出す姿──。
「……っ、ああ、駄目だ早く戻ろう」
男はそわそわとしつつガバリとベンチから立ち上がる。
その時、被っていた外套のフードが取れてしまい、美しい金髪と黄緑色の瞳が太陽の光を受けてキラキラと輝いた。
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