【完結】婚約者様、嫌気がさしたので逃げさせて頂きます

高瀬船

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 父親の書斎に到着したブリジットは、入室の許可をもらい室内に入ってソファに座っていた。
 まだ当主としての仕事が終わっていないのだろう、ブリジットの父親は「少しソファにかけて待っていてくれ」と言って何枚かの書類に目を通している。

 そんな父親の様子を出された紅茶のカップを傾けながらブリジットは見やった後、少しだけ気持ちが落ち着いて来た。

(夕方のこの時間までお父様がお仕事をなさっているのは珍しいわね……。何か緊急を要するお仕事があったのかしら……)

 ブリジットがそう考え、話は夕食後にした方がいいだろうか──、そう考えだした時に書類に署名を行っていた父親がその書類を侍従に渡してブリジットに視線を向けた。

「ブリジット、待たせてすまないな。それで、話とは?」
「突然申し訳ございません」

 席を立ち、ブリジットの向かいのソファまでやって来た父親がそのまま腰を下ろす。
 すぐにメイドが父親の前にカップを置いて、一礼すると書斎から退出した。
 先程まで室内に居た侍従も書類を受け取った後部屋を出て行ったので、今書斎内にはブリジットと父親の二人だけ。

 その事に若干肩の力を抜いたブリジットは目の前の父親に向かってごく平然と言葉を紡いだ。

「ルーカス様と距離を置きたいです」
「──ぶっ」

 今日は天気が良いですね、と言うように何でも無い事のようにあっさりとそう告げるブリジットに、父親は口に含んでいた紅茶を吹き出した。

「げほっ、げほげほ!」
「お、お父様! 大丈夫ですか!?」

 気管にでも入ってしまったのだろうか。
 父親は大きく噎せ、涙を浮かべている。
 あわあわとしてしまうブリジットに父親は大丈夫だ、と言うように手のひらをブリジットに向けて暫し噎せた後、ゆっくりと息を吐き出した。

「衝撃的な事を聞いて……噎せてしまっただけだ……大丈夫だ、ブリジット」
「そ、そうですか……。驚かせてしまい申し訳ございません」
「──それで……、私がこれ程まで驚いて噎せてしまう程の発言だ、と言う事はブリジットにも分かっていると思うが……突然どうした?」

 ふう、と額にかいてしまった汗を拭いながらの父親の言葉に、ブリジットは返答した。

「突然、と言う訳では無いのです。以前から考えていた事です」

 唇を尖らせて言うように、ブリジットの声もどこか刺々しい。
 そんなブリジットの様子に父親も「また喧嘩か……? 今度は結構深刻だな」と頭を抱えたくなるが、だが。ブリジットは「以前から考えていた」と口にした。

「……以前から考えていた、とはどう言う事だ? 何があって、ルーカスと距離を置きたいなどと言うんだ? それ相応の理由が無いと難しいぞ」
「──分かってます、婚約解消などは我が家とラスフィールド侯爵家の関係上難しい事は分かっています。だから、せめてルーカス様となるべく会いたくないのです」
「……いや、まあ……婚約解消……そんな気持ちになっているのか?」

 何故そんなにも二人の仲が拗れているのだ、と父親は額に手を当てたまま項垂れる。
 項垂れる父親に対して、ブリジットはルーカスと距離を置こうと考えた切っ掛け。そして以前から考えていた事。我慢の限界だ、と言う事を説明した。
 父親に説明している間、話をしている内にその時の感情が再び振り返して来たのだろう。
 ブリジットは怒りに目を吊り上げながら説明した。

「──なるほどな……」
(これは、拗れに拗れてしまっている。ルーカスも愚かな……。何故自分の婚約者であるブリジットに対して王女殿下を引き合いに出したのか……。昔からルーカスは心配性だったが、ここ数年はとみに酷いな)

 互いの家で交流する時は互いに報告をし合っていたが、ルーカスの心配性がここ数年で酷くなっているらしい。
 ラスフィールド侯爵夫人の話によると、ここ数年でぐっと美しくなり、貴族男性達から秋波を送られる事が多くなったブリジットを心配して口煩くなっている、とは聞いていたのはいたのだが。

(……やり過ぎだろう……ブリジットが心配なのは分かる、が……。万が一他の男が襲い掛かってきてもブリジットは一人二人なら撃退出来ると言うのに……。そもそもブリジットに護身術を教えたのは他でもないルーカスではないか……)

 だが、ブリジットの気持ちも分かるのだ。
 お互い、人前で顔には出していないし気恥ずかしさもあるのだろうが、数年前からお互い熱の篭った視線を向けあっている事は分かっている。

(ふむ……。だがブリジットの頭に血が上っている今、説得しても逆効果だな)

 そこでブリジットの父親はちょうどいい、とある事を考えついた。

「──距離を置きたいのであれば、丁度良い。私は手が離せなくて行けないのだが……そうだな、私の代わりに少しばかり見て来て欲しい所がある。大した事は無いから足を伸ばしたついでに少し観光でもしてくると良い」
(どうせルーカスもブリジットを追って行くだろうしな)

 と、父親は心の中で言葉を付け足したのだった。
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