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しおりを挟む「ブリジット……! 君はどうしていつもそう……っ! 少しは淑女らしく振る舞うとかしたらどうなんだ。王女殿下を見習うなりなんなりしたら良い……!」
それは、いつもの彼の言葉だった。
目の前に居る彼──ルーカス・ラスフィールドは呆れたような表情で溜息を吐き出しつつ、自分の婚約者、ブリジット・アルテンバークにくどくどと小言を告げる。
けれど、今日はいつもと違って。
いつもはルーカスの言葉に売り言葉に買い言葉と言うようにブリジットが負けじと言葉を返して来るのだが、目の前にいるブリジットからは一切何も言葉が返って来ない。
「──? 聞いているのか、ブリジッ──……」
僅かな違和感を覚えて、ルーカスがブリジットに向き直り、彼女の名前を呼ぼうとした所でぎくり、と体を震わせる。
ブリジットの名前を最後まで呼ぶ事無く、ルーカスは言葉を失ったかのようにその場に硬直してしまい、目の前の光景に驚いたように目を見開いた。
「……王女殿下、王女殿下、王女殿下……。ルーカス様は近衛騎士団に入団してから、口を開けば王女殿下の事ばかり……。もう、うんざりです」
勝気で、負けん気の強いブリジットの整った眉が悲しげにへにょり、と眉尻が下がり良く見てみれば瞳にも薄らと涙の膜が張っている。
「そんなにお淑やかで、女性らしい嫋やかな王女殿下のような女性をお望みでしたら、そのような女性をお望み下さい」
「ブ、ブリジット……っ!」
失言をしてしまった。
ルーカスがそう後悔しても既に遅く、ブリジットはぐっと唇を噛み締めたままくるりとルーカスに背中を向けてその場を去って行ってしまう。
ルーカスは慌ててブリジットの後を追おうと足を踏み出したが、運悪く自分の隊の騎士がやって来てしまい話しかけられ、ブリジットを追う事が出来なくなってしまった。
「ラスフィールド卿! 街中で騒ぎを起こしていた奴らは連行しましたよ! 城に戻りましょう!」
「──……っ、分かり、ました……」
ルーカスはブリジットが去って行ってしまった方向を何度か名残惜しそうに振り返ったが、騎士としての仕事を優先して帰路についた。
きっと、一晩経てばブリジットの機嫌も直るはずだ、と楽観視してしまっていたのかもしれない。
今日のような喧嘩のような物は幼い頃から何度も経験して来た。
今回のブリジットの態度が普段とは違い、若干の不安を覚えたがきっと一晩明けて、学院の通学のためにブリジットを迎えに行けば、少し拗ねたような表情できっと自分を待ってくれているだろう、とルーカスは考えた。いや、そう思いたかったのだ。
嫌に不安に逸る心臓の鼓動を感じながら、ルーカスは胸を抑えて不安を誤魔化すようにして足を動かす。
だが、翌日。
ルーカスがブリジットを迎えにアルテンバーク侯爵邸に迎えに行くと、ブリジットの姿はそこには無く、気まずそうに使用人からブリジットは先に学院に向かった、と聞かされて顔色を悪くさせたのだった。
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