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 驚きにぽかん、としてしまうユリナミアの表情を見て、無事な事を確認した事にほっとしたのだろう。
 クロノフは力無く笑った後に、ユリナミアの弟のアヴィに視線を向ける。

「すまないが、ユリナミアと少しだけ話しをしたい」
「わ、分かりました……。僕はここで待ってますので」
「すまないな。話しが終わったら呼ぶから待っていてくれ」

 クロノフは手短にそれだけを伝えると、ユリナミアの手首を掴んで階段を上って行く。
 部屋は? と聞かれたユリナミアは躊躇いつつ部屋を伝え、二人で部屋に入った時に室内にアヴィの荷物がある事にクロノフは若干眉を顰めた。

「弟も一緒の部屋に……?」
「え、ええ。そうです殿下。部屋数が足りなかったので……。それよりも、殿下!」

 室内に入るなり機嫌を損ねたような表情を浮かべているクロノフだが、その事には触れずユリナミアはクロノフに声を荒らげる。

「何故このような場所に……! それにっ、護衛も付けず……何を考えておられるのですか!?」
「私の事よりもユリナミアだ。どうしてこの場所に来た? 私の注意を聞いただろう?」

 それなのにどうしてここまで来てしまったのだ、と非難するような視線を向けられてユリナミアはむっとする。
 あの状況で、父親の無事を確認するためにはこうするしかなかった。
 レイチェルが罠を仕掛けているだろう、と分かってはいたが自分の身可愛さにもし、万が一父親に危険が及んでしまったらユリナミアは「行かない」と決断した事を一生後悔していただろう。

「殿下からの言葉はお父様にもしっかりお伝え致しました。……ですが、その時には既に遅く、視察の予定が入ってしまっていたのです。お父様が向かわれた後、私宛にお父様から報せが……」
「アルドナシュ侯爵と会ったが、彼はユリナミアを呼び出した覚えは無いそうだ。……その報せを持って来た人間に騙されたのだろう。今からでも遅く無いから邸に戻るんだ」
「──えっ」

 クロノフの口から告げられる言葉にユリナミアは驚きに目を見開く。
 危惧していた通りやはり罠だったと言う事だろう。

「……っ、やっぱりレイチェル嬢の……っ」

 ぽつりと呟いたユリナミアの言葉にクロノフがぴくり、と反応する。

「レイチェル……? フリーシュア伯爵家か……。フリーシュア嬢は学園に来たのか?」
「いえ、殿下が視察で学園をお休みする日からレイチェル嬢もお休みしているようです」
「──ではやはり、鉱山で行動に移すつもりだったのか……」

 ぽつり、と呟いたクロノフの言葉が上手く聞き取れず、ユリナミアがえ? と聞き返してもクロノフは首を横に振るだけで。

「ならばやはりユリナミアは侯爵の居る街には入らない方が良い。今日この宿で休み、明日は邸に戻るんだ、いいね?」
「私の護衛が、先に出てお父様の下に向かっていたのですが……。お父様の下には彼は到着していないですか?」

 先程のクロノフの言葉通りであれば、クロノフに会い、ユリナミアがこの場所に向かっている事を初めて知ったような反応だ。
 ならば、先に出ていたバシューは一体どうしたのだろうか、と不安を覚えたユリナミアはクロノフに問うが、問われたクロノフは不思議そうに目を瞬かせた。

「侯爵は、初めて知ったようだったから……その護衛の人間とはまだ会っていないのではないか?」
「……っ、殿下とお父様がお会いして、お話したのはいつ頃ですか!? 何日前にお話されたのですか!?」

 馬車では無く、単騎で向かったのだ。
 そうなれば何日も早くユリナミアの父親が居る街に到着していてもおかしくない。
 それなのに、父親はバシューとは会っておらず、クロノフにユリナミアの事を初めて聞いたらしい。
 それは、どうにもおかし過ぎる。

 ユリナミアの焦りが伝わったのだろう。
 クロノフは始め、言うのを躊躇うような素振りを見せていたが混乱し、慌てている今のユリナミアは気付かないだろう、と素直に口を開いた。

「何日も前では無い……。数時間、前だ……」
「──っ」

 数時間前に父親と会ったばかりなのであれば、バシューと会っていないのはおかし過ぎる。

 バシューの身に何かあったのではないか、と焦るユリナミアは、父親が視察で滞在している街と今現在宿をとっているこの場所が馬車で半日掛かる距離である事に気付かず、慌てて部屋を出て行った。

 クロノフはユリナミアが出て行ってしまった部屋の扉を見つめながら溜息を吐き出す。

「今の話を護衛にしてしまえば……時間が合わない事に気付かれるのも時間の問題だな」

 単騎、馬を駆けてもそんなに早くこの街に辿り着く事は出来ない。
 どうやってたった短時間でこの場所にやって来たのか。どうしてユリナミアの滞在している宿の場所がすぐに分かったのか。

 その事を追求される前に、クロノフは再び父親の滞在する街に戻る事に決めた。
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