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 ユリナミア達が宿の部屋に入って少し。
 こんこん、と二人が休む部屋の扉が叩かれた。

 ユリナミアとアヴィは一瞬身構えたが、扉を叩いた人物がすぐに声を掛けて来たため、肩の力を抜いた。

「俺です、ラグナです。少し良いですか?」
「ラグナ? 良いわよ、ちょっと待ってて……」

 ユリナミアが扉を開けてラグナを中に招き入れる。
 すると、ラグナは室内をぐるりと見回した後ぽつりと呟いた。

「部屋の間取りは俺達と一緒ですね、室内を確認しても良いですかお嬢様?」
「ええ、大丈夫よ」
「ありがとうございます」

 ユリナミアに断り、ラグナは部屋にある窓に歩いて行き、窓の鍵を確認したり、窓を開けて外や上部を確認したりしている。

 怪しい者がいる場合の侵入経路や、避難経路を確認しているのだろう。
 そちらの確認が終わり、ラグナは室内を確認し始める。

 ユリナミアとアヴィは所在なさげにぽつんと立ったままで、ラグナが室内の確認を終えるとそこでやっと椅子に腰を下ろした。

「貴族が泊まるような宿では無いので、防犯面は心許ないですね……。アヴィ様は室内に居る間、必ず剣を手の届く距離に置いて下さい。俺達もすぐ隣の部屋に居ますし、深夜は交代で見張りを立たせますが……目的地も近いですし、今までの街より警戒しておくに越したことはないでしょう」
「ええ、分かったわ」
「夜でも必ず足元が見える程度の明かりは常に点けておいて下さいね。それに知らない人が訪ねて来ても部屋の扉を開けないように……あと……」
「わ、分かったわ! 大丈夫よ、ラグナ……! 見知らぬ人間に警戒をする事くらいは出来るわ!」

 まるで幼い子供に言い聞かせるようなラグナの言葉に、ユリナミアは恥ずかしくなってしまう。

 ユリナミアのそんな態度にラグナは申し訳なさそうに額をぽりぽりとかいて苦笑する。

「──では、今日の夕食は俺達が購入してきますので。室内で食べて、今日は早めに寝ましょうか」
「分かったわ」
「では、少し食料を調達して来ますね。半分程部下を残して行くので何かあればそいつらに言ってください」

 言い終えたラグナは、ユリナミアが頷いたのを見て扉から外に出て行く。
 ラグナを見送ったユリナミアとアヴィは各々部屋で本を読んだりして時間を潰す事にした。



「──……アヴィ、ちょっと外に出るわ」
「えっ、姉さん……!?」

 不用意に外に出ないでくれ、と言われていたのに何処に? と言うアヴィの視線に、ユリナミアは恥ずかしそうにしながら「お手洗いに行きたいのよ」と呟く。

 安い宿のため、お手洗いは階下にある食堂にしかない。
 手洗いに行くためにわざわざ護衛を数人引き連れて行く訳には行かないため、ユリナミアはアヴィに声を掛けたのだ。

「ああ、なるほど。それでしたら僕も行っておこうかな。だったら下の階に一緒に行こうか、姉さん」
「ええ、そうしましょうか」

 そうと決まれば早めに済まして部屋に戻ろう。
 二人は部屋を出て、廊下に出てきた護衛に訳を話して階下に向かう。

 まだ酒を出すような時間帯には早かったため、食堂にはそれ程客の姿は無い。
 通り過ぎる際に確認出来たが、どうやら護衛は食堂にも滞在しているらしく、数人で一組になり客の様子を見ていた。
 護衛達もユリナミアの姿に気付き、手洗いに行く事が分かったのだろう。ユリナミアのすぐ側にアヴィも居る事から近くに来て守る、と言う事はしないようだった。

「じゃあ、姉さん。僕はここで待ってるから」
「ええ、お願いね」

 女性用の手洗い場から少し離れた場所で待っている、と言うアヴィに頷き、ユリナミアも用を済ます。
 そして扉を開けて出て来た所で、アヴィの姿を探そうと顔を前に向けた所で宿の正面扉がカラン、と音を立てて開いた。

 ちょうどそちらの方を見ていたユリナミアは入って来た人物の姿をしっかりとその目に映していて。
 普段とは違い、煌びやかな衣服は纏っておらず、外套を纏い、すっぽりとフードを被ってはいるが入って来たその人物と目が合った。

「──嘘でしょ……」

 その人物はユリナミアを見た瞬間、くしゃりと表情を歪め、ユリナミアの下に駆けて来る。



「無事だったか、ユリナミア……っ」
「クロノフ殿下が何故ここに……」

 ユリナミアに駆け寄るクロノフに驚いた護衛達はその場を動く事が出来なかった。
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