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しおりを挟むクロノフの言葉にほんの僅かだけ表情を緩めたが、それでもまだ険しい表情を浮かべたままの父親に、ついついクロノフも苦笑する。
「王太子妃はユリナミア以外考えられない。あれだけ毎日辛い思いをしながら妃になるために努力したいたのだ……。彼女以外に妃は務まらない、そうだろう侯爵……?」
「そう言って頂けるのは喜ばしい事ですが……。でしたら貴方様は何故ここに?」
父親の疑念は消えないのだろう。
訝しがるようにゆるり、と周囲に視線をやった父親から問いかけられてクロノフは返答に詰まる。
──元凶を始末しに。
など、とてもじゃないが言える筈が無い。
何かそれらしい言い訳を告げて、早くこの話を切り上げよう、とクロノフが口を開こうとした所で。
何処か焦った様子で、クロノフの影がその場に音もなく現れた。
「──殿下……」
真っ黒い装束に身を包んだ人間が突然現れた事に、父親はびくりと反応したがクロノフの影だと言う事に気付いた父親は不思議そうに二人を見やる。
「何だ」
話し中だぞ、と言う気持ちを隠しもせずに些か不機嫌な態度で影に言葉を返すと、クロノフに頭を下げながら影は言葉を続ける。
「お話中、申し訳ございません……。ですがユリナミア様が……」
「っ! ユリナミアがどうした!?」
影の口からまさかユリナミアの名前が出るとは思わず、動揺する。
すると、動揺したクロノフの声が聞こえた父親も、何故二人の口から今、ユリナミアの名前が出るのだろう、と驚きに目を見開き、そしてクロノフに近付いて行った。
「それが……、どうやらアルドナシュ侯爵の後を追い、こちらに向かっているようです」
「何故侯爵を追って……っ、侯爵! ユリナミアをここに呼んだ覚えは!?」
「ごっ、ございません……! 娘を呼び出すなど、そんな事は今まで一度もした事ありません……!」
近くまでやって来ていた父親にクロノフは振り向き、聞く。
だが父親から返って来た言葉は呼び出していない、と言う言葉で。
「──くそっ、誰かが侯爵の名を騙り呼んだのか……っ、それともユリナミアが自ら……!?」
影はいつの間にか姿を消していて、その場にはクロノフと父親、少し離れた場所に護衛が残される。
「こうしてはいられない……っ」
「──あっ、殿……っ、どちらに……!?」
父親の言葉など聞こえていないのだろう。
クロノフは何かを決心したような表情で父親の横を通り過ぎ、その場を駆け出してしまった。
あっという間に路地から姿を消してしまったクロノフを呆気に取られたまま見送ってしまった父親は、どうした物かと自分の額を手で覆ったのだった。
◇◆◇
ユリナミア達は夕暮れ時に今夜泊まる宿がある街に到着した。
ここに滞在した後は、目的の街まで休憩はほぼ取らずに向かう、らしい。
ユリナミア達は商団の一行として不自然にならないよう、貴族らしくない行動、言動を取っている。
護衛の者達もいつもなら「お嬢様」と呼ぶがこの旅の時は「ナミ」と偽名で呼んでいた。
「──ナミ、すまない。宿の空きが少なくて三部屋しか取れなかった」
「そうなの、ラグナ?」
宿を借りる手続きを終えたラグナが困ったように眉を下げてユリナミア達の下にやって来る。
「いつもはナミには一人で部屋を使ってもらっているが……今日は弟と相部屋でも良いか?」
「ええ、もちろん大丈夫よ」
「──えっ、姉さん!?」
けろり、とラグナの提案を飲むユリナミアにアヴィはぎょっとしてしまう。
いくら姉弟と言えども、血が繋がっている訳では無い。
それなのに、危機感を持たない姉にアヴィがあたふたとしていると、ラグナがじいっとアヴィを見つめる。
「ぼっ、僕は姉さんと一緒でも別に大丈夫ですっ」
「……そうだよな? 弟だもんな……?」
「ええ、当然です大丈夫です」
アヴィとの会話が終わったラグナはくるり、とユリナミアに振り返り部屋の鍵を手渡す。
「俺たちは二部屋を十人で分けて使用させて貰う。明日は早いからしっかり睡眠取っておけよ」
ひらひらと手を振り、階段を上がって行くラグナに続き、ユリナミアも部屋に向かおう、とアヴィに声を掛ける。
「アヴィ。私たちも行きましょう。早く広い部屋で体を休ませたいわ」
「そ、そうだね、姉さん」
アヴィは階段を上がって行くユリナミアを慌てて追い、ぱたぱたと階段を上がった。
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