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 驚く一同をそのままに、アヴィはスタスタ足を進め、ユリナミアが座っていたソファの隣にぽすん、と腰掛ける。

「ちょ、ちょっと待ってアヴィ……! 跡継ぎの貴方が、罠かもしれない場所に赴くのはいくら何でも危険過ぎるわ……! それに私と行動を共にすればその危険は更に上がるのよ……!」
「罠だと分かっていて、姉さんは行くんだろう? それなら守り手は多いに越したことはないじゃないか。それに、自ら危ない橋を渡ろうとしている姉さんに僕を止める権利は無いんじゃない?」
「……っ、うっ」

 確かにアヴィの言う通りだ。
 危ないと分かっていて、その場所に行こうとしている以上このように言われてしまっても仕方ない。

 けれど、ユリナミアはクロノフが何故鉱山を避けろと言ったのか、その真意を確かめに行きたい気持ちもある。
 何故、知るはずの無い事をクロノフが知っているのだろうか。
 その疑問の答えが、今回の視察先にはあるような気がしてならないような──。


 二人の会話に護衛のバシューとラグナは更に頭を抱えて「勘弁してくれ」と口にした。




 結局、ユリナミアとアヴィは父親からの手紙に従いその場所に向かう事になったのだが、それにはバシューから条件を出された。

「──いいですか、お嬢様にアヴィ様……。先ずは私が先行して旦那様の下に向かいます。お嬢様達は商団の一行と言う振りをしてゆっくり馬車で向かって下さい。護衛にはラグナ他十名程、信用出来る部下を置いて行きます。午後、この邸に商団を呼び寄せますので、それと入れ替わって下さいね」
「ええ、分かったわ」
「普段お使いになる馬車とは違い、乗り心地が悪いですよ……? 護衛の男達が同じ馬車内に滞在しますよ……? それでもよろしいのですね?」
「ええ、勿論よ」
「……分かりました。決して貴族、と知られてしまうような振る舞いはせぬように気をつけて下さい」

 バシューの言葉にこくりと頷いたユリナミアを見て、次いでバシューは家令に視線を向ける。
 視線を受けた家令も心得た、と言うように頷いた後、商団を手配するために動き出す。

 父親からの手紙を怪しんだユリナミアは邸に滞在している、と言う体にしてバシューだけを先行して父親の下に走らせる。

 もし一連の事が罠だとしたらユリナミアが来ないと知れば動き出すだろう。とバシューは口にした。
 邸に侵入する者がいれば、それを捕縛してその相手を吐かせれば良い。

 罠だとしたら、移動中が一番狙われやすいため、ユリナミアとアヴィを隠し商団として邸から出してしまえば見つかりにくいだろう、とバシューは続けてそう口にした。
 父親の視察先は馬車を走らせて二日もあれば到着する距離だ。
 王太子であるクロノフも同じ場所にいるとすれば遠くからでも分かるだろう。

「では、私は支度をして直ぐに邸を出ます」
「ええ、道中気を付けてねバシュー」
「はい。お嬢様もくれぐれも、くれぐれもお気を付け下さい」

 心配そうに何度も振り返りながら部屋から出て行くバシューに、ユリナミアも苦笑しながら見送る。


 そうして、バシューが馬で出立する際。
 敢えてユリナミアも見送りのために邸の正門前まで姿を現し、バシューを見送った。
 バシューを見送り数時間。邸に商団がやって来て、手筈通り商団と入れ替わったユリナミアとアヴィ、護衛のラグナを筆頭に十数人はそのまま商団が乗ってきた馬車で邸を出た。

 バシューが心配していた、危惧していた通りに邸に侵入者が現れたのは商団の馬車が邸を立ってから数刻後。
 その侵入者は以前ユリナミアを街で襲った男達と同じように、誰かから依頼をされたようだが、依頼主までは口を割らなかった。
 邸に侵入者がやって来た、と言う事実は馬車で移動しているユリナミアはまだ知らない。
 その事実を知るのは、翌日、休憩の為に寄った街の宿での事だった。
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