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しおりを挟む「で、殿下──……っ!」
「……君が話してくれないならば、護衛に聞くしかないだろう? 君は私の婚約者だ。君に何かあったら……」
「……っ、婚約など……っ」
「……ユリナミア?」
クロノフの言葉にユリナミアが小さく呟くが、その言葉はクロノフの耳に入る前に部屋に入って来た人物の声にかき消された。
「失礼致します。お呼びでしょうか」
使用人に呼ばれて直ぐにやって来たのだろう。
護衛のバシューが若干緊張した面持ちでやって来た。
クロノフはユリナミアにちらり、と視線を向けた後すぐにバシューに顔を向けるとこちらに来るように告げる。
「ああ、呼び出してすまないな。こちらに」
「──はっ」
姿勢を正し、やって来るバシューは室内に流れる緊張感を感じ取りちらりと気遣うようにユリナミアに視線を向けるが、ユリナミアはじいっと自分の握り締めた両手を見詰めているだけで視線が絡む事は無い。
何か不味い事でも仕出かしたのか、とバシューが考えているとクロノフがバシューに向かって口を開いた。
「一つ聞きたくてな。ユリナミアは今日、どこに? 体調が悪いのに何をしに街へ行ったのか……私に話してくれなくてな……」
「お嬢様、ですか……?」
「ああ」
にっこり、と完璧な笑顔を浮かべて肯定するクロノフにバシューはそんな事か、と拍子抜けしてしまう。
もっと何か問題でもあったのだろうか、と緊張していたが出掛け先を確認したいだけだったようで、バシューは躊躇いなくユリナミアが向かった先を口にした。
呼び出され、張り詰めた空間で一体どんな事を聞かれるのかと緊張していたが出掛け先を告げるとクロノフはぴくり、と片眉を上げただけで再びバシューににっこりと笑顔を返すと退室を促した。
「──? それでは、失礼致します」
「ああ、すまないな。助かった」
「いえ、それでは」
ぺこり、と頭を下げて扉を閉める。
閉める寸前に盗み見たユリナミアの表情は歪んでいて、バシューは自分の頭をかりかりとかいた。
「……、? 体調が悪い、と嘘をついて学園を休んだ事が殿下にバレてしまった事がそんなに不味い事なのか……?」
バシューは閉じた扉を前に首を傾げると、そのまま仕事に戻った。
バシューが退室した部屋の中は重い空気が流れており、ユリナミアは握り締めた自分の両手からちらり、と視線を外してクロノフを盗み見る。
クロノフはバシューが告げた言葉を聞くなり、何か考え込むように黙り込んでしまっている。
「──……不動産、? あの場所には貴族向けの不動産の店は無かったはず……」
ぶつぶつとクロノフが呟く声が聞こえて来て、ユリナミアはぴくりと反応してしまう。
何故、クロノフが街中の店の事を事細かく把握しているのだろうか。
貴族向けの不動産を扱う店ならば知っていてもおかしくはないとは思うが、と考えているとクロノフがユリナミアに向かって口を開いた。
「……あのような場所に何の用が? 大した物件はないだろう? そもそも物件など何に? アルドナシュ侯爵家が新たに事業を始めるという報告は上がっていない。それなら、ユリナミアが何か自分自身で始めようと? 王太子妃となるのに……、? 今、そんな余裕は無いのでは……?」
低い声音でクロノフからつらつらと告げられて、ユリナミアは何故か責められているような気持ちになり、後ろめたさからついクロノフから視線を外してしまう。
「……王太子妃、は……その……」
「──私は、例の話を承諾するつもりは無いよ?」
「殿下っ」
例の話、とは婚約の解消についてだろう。
ユリナミアの父、アルドナシュ侯爵から正式に国王陛下に話を通した。
その後、恐らくクロノフにも話は行っているだろう。
自分の伴侶など、誰でも良いと考えているはずだ。
過去のクロノフと変わらなければ、伴侶など誰でも、自分の結婚が国の益となるのであれば誰でも良いと考えているはずだ。
ユリナミアの知っているクロノフ・レイ・メディルアートと言う男はそうであるはず。
それなのに、何故。
ユリナミアは、自分の目の前に居るクロノフが自分の知っている今までのクロノフと同一人物なのだろうか、と戸惑ってしまう。
何故、婚約を解消する事にここまで抵抗するのか。
困ったようにユリナミアが眉を下げてクロノフを見詰めると、クロノフはじっとユリナミアを見詰めた後小さく口を動かした。
「──……、まさかな、いや……、フリーシュア伯爵家を……、?」
「伯爵家……、伯爵家が何故、今……」
小さく呟かれたクロノフの言葉が耳に届き、ユリナミアはどくりと自分の心臓が嫌な音を立てたのを感じる。
何故、今ここでレイチェルのフリーシュア伯爵家の名前が出てくるのだろうか。
出てくる、と言う事はあの不動産屋で得た物件に奴隷を隠している、と言う事を。その情報をクロノフは掴んでいるのだろうか、とユリナミアは考える。
だが、五回目の今回。
過去には存在しなかった不動産屋だ。その不動産屋をクロノフは知っている、と言う事だろうか。
それならば、何故──。
ユリナミアがクロノフを見詰めると、クロノフはくしゃり、と泣き出してしまいそうに表情を歪めた。
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