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しおりを挟む建物の扉に手を当ててぐっ、と力を入れる。
すると扉が奥に開き、扉上部に設置されているドアベルがカラン、と澄んだ音を奏でた。
「──いらっしゃい……、ませ……!?」
扉を開けると、奥に長机に座った店の店主だろうか。
ドアベルの音に反応して気怠げな声を上げたが、ユリナミアが入って来た姿を見るなりはっと表情を変えて慌てて机から立ち上がりしゃん、と背筋を伸ばした。
ユリナミアの纏うドレスや佇まいから貴族、だと分かった店主は直ぐに居住まいを正して笑顔を浮かべる。
ユリナミアの背後から店内に姿を表した二人の護衛、バシューとラグナの姿に一瞬だけびくりと体を震わせている。
ユリナミアは敢えてにこりと微笑みを浮かべるとコツコツと足音を立てながら店内へと進む。
ゆっくりと自分の方へと歩いて来るユリナミアに、店主は何処か緊張した面持ちでこくり、と喉が上下した。
「──突然ごめんなさいね。物件を見せて欲しいのだけれど」
微笑みを浮かべてはいるが、凛とした口調にしゃんと伸びた背筋。ユリナミアの纏う空気がアルドナシュ侯爵家の者として厳格な空気を醸し出している。
店主よりもふた回り以上年下である筈のユリナミアに、店主の男は気圧されたように反射的に「は、はい!」と情けない声を上げる。
ユリナミアはゆるり、と目を細めて笑みを浮かべると言葉を続ける。
「事業の関係で二、三件ほど空いている建物があればいいのだけど……良いのはあるかしら?」
「かしこまりました! どの付近の物件がよろしいでしょうか?」
「ええ、そうね……」
市民向けの物件を数多く扱ってはいれども、貴族向けの物件もある。
だが、通常貴族は貴族用の物件のみを扱う店にしか足を運ばないため、市民向けの物件を主要に扱うこのような店には姿を表さない。
その為、この店の店主は市民向けの不動産よりも貴族向けの不動産を貴族に貸出たり売却出来たりする機会を逃がさまいと食い付いて来る。
ユリナミアの目の前にいる店の店主も例に漏れず、貴族に不動産を売れる好機と見て、目を輝かせている。
市民が露店で店を出したり、住まいとして借りたりするような不動産の資料の束の下から上質な羊皮紙の束が覗く。
明らかに市民用の資料とは違う見た目からして貴族向けの資料だろう事が窺えて、ユリナミアは目を細めた。
「そうね……では、」
店主の言葉に答えるようにユリナミアは数箇所ほど地域を口にする。
すると、ユリナミアが口にした地域の中で店主がぴくり、と反応した。
その反応をユリナミアは見逃さず、その地域に的を絞る。
「──そうね、……ハルベラ街の近くが良いわ。何か良い物件はないかしら?」
「ハル、ベラでしょうか……」
「ええ」
「ハルベラは……、工業地帯ですし……その、とても貴族様にご紹介出来るような物件は……」
「あらそうかしら? けれど、こちらとしても新規事業に関わるものだから妥協したくないのよね……」
「──新規事業、」
「ええ、そうなの」
新規事業、と言う言葉に店主の目の色が変わる。
ユリナミアは店主に向かってにっこり、と笑顔を浮かべると、迷いながらもそれでも恐る恐る羊皮紙に伸びる手を視界に入れて笑みを深くした。
ありがとうございました、是非ご検討を! と言う店主の声を背後に聞きながらユリナミアは店を出る。
──確認は出来た。
あの店主の反応を見れば間違いないわね、と胸中でユリナミアが呟いていると、護衛のバシューが不思議そうにユリナミアに話し掛けた。
「お嬢様、どう言う事ですか……?」
「──確認に来ただけよ」
状況が良く分からない、と言うようなバシューの言葉にユリナミアは多くを語らず誤魔化すように返事をする。
その返事から、ユリナミアは話す気がないのだと言う事を悟ったバシューは軽く肩を竦めて「ほどほどにしてくださいね」と苦笑した。
ハルベラ工業地帯。
そこは、レイチェルのフリーシュア伯爵家が所有している建物に奴隷を数多く隠している。
フリーシュア伯爵家は、貴族が土地を、建物を所有する確率が低い店で契約したのだろう。
市民向けの店であれば貴族向けの不動産を紹介する事は極端に少なくなる。
そしてハルベラ工業地帯は貴族や商人から見向きもされない劣悪な場所だ。
商売として旨みのない場所には貴族も商人も見向きしない。その事を分かっているフリーシュア伯爵家はその土地の物件を多く所有し、多くの奴隷を隠している。
(店主の態度から見て、既に伯爵家は過去と同じく沢山の建物に奴隷を隠しているわね……。その奴隷達をどんな目的で隠しているのか……分からないけれど……侯爵家が介入したら、目的が分かるかしら?)
ユリナミアはちらりと自分が出てきた店を振り返る。
(──確認は出来たわ……けれど、こんな店……過去には無かったわ)
自分の記憶違いでも無い。
勘違いでもない。
今までの繰り返しの中では存在していなかった店が五回目の今はある。
ユリナミアは前を向き直すと、そのままバシューとラグナを連れて馬車へと戻った。
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