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 アヴィと自室に戻ってきたユリナミアは、室内で暫くお喋りを楽しんだ後、アヴィは自分の部屋に戻り、ユリナミアは借りて来た本に目を通す。

「──ふふっ、アヴィは昔から心配性なんだから……」

 微笑ましくてユリナミアはぽつり、と呟くと先程開いたページに目を落とそうとしてそこでぴたり、と止まる。

「……昔、から?」

 そこでユリナミアは先程呟いた自分の言葉に違和感を覚えて「あれ?」と首を傾げる。

「アヴィが養子としてこの家にやって来たのは……」

 ユリナミアがクロノフと婚約した後だ。
 それなのに、何故自分は昔からアヴィの事を知っているのだろうか、と益々首を傾げる。

「過去、繰り返している時間が長すぎて……長年一緒に居るような感覚になっているのかしら?」

 でも、おかしい。とユリナミアは開いていた本を閉じた。

 アヴィが養子としてこの家に迎えられたのは

「──えっ、ちょっと……待って……」

 クロノフと婚約したのは確か十二歳の時。
 その後にアヴィを養子として迎え入れている。

 そうすると、アヴィと過ごした時間は五年少々だ。

「待って、それよりも……! 何故お母様は……!?」

 過去、何れも母親は健在だった筈だ。
 それなのに、何故五回目の今回は母は既に亡くなっているのだろうか。

「何で、こんな矛盾に今まで気付かなかったの……!?」

 いくら、過去全ての記憶を思い出して混乱していたとは言え、何故母親の死に違和感を覚えなかったのだろうか。

 違和感無く、するりとその事実を受け入れてしまっていた。

 過去、四回の繰り返しの中では健在だった母親の存在。
 過去、四回の繰り返しの中では存在していなかったアヴィ。

 ユリナミアはふらり、と力無く体をふらつかせると無意識に立ち上がってしまっていた体勢からそのまま再びソファにどさり、と体を預ける。

「──繰り返しに、相違点が出て来ているわ……」

 クロノフの様子が可笑しいのもこの相違点に関係しているのだろうか。

 ユリナミアは急いでソファから立ち上がると、自分の机に向かい、焦りで震える手を動かし引き出しから白紙の分厚い日記帳を取り出した。
 机にある硝子ペンも一緒に握り締める。

「相違点……、過去四回の出来事と、今回の五回目の今までを整理しなくちゃ……」

 何故、今までこの事を思いつかなかったのだろう。
 白紙の日記帳を胸に抱き、再びソファに戻って来たユリナミアはとさり、と腰を下ろして日記帳を開く。

 硝子ペンを握る自分の指が微かに震えているような気がするが、ユリナミアはぎゅっと強く握り締め直すとそっとペンを走らせ始めた。



 カリカリ、と静かな部屋にユリナミアがペンを走らせる音だけが響く。
 真剣な表情で、無言で日記帳に過去の出来事と、五回目の今回の出来事を覚えている範囲で書き出して行く。

「……やっぱり、四回目まではアヴィは居ない」

 ぴたり、と書き出すペンを止めてユリナミアは眉を寄せる。

 過去四度の人生ではアヴィ・アルドナシュと言う人物は存在していなかった。
 クロノフと婚約して、跡継ぎが居なくなってしまうアルドナシュ侯爵家は本来であれば養子を取らなければいけないと言うのに、ユリナミアが覚えている限り父と母がそのような事を話していた記憶が無い。

 そして、母親は過去四回の人生の中で現在であった。
 今回の五回目、幼い頃既に母は亡くなっている。しっかりと覚えているのだ。
 流行病によって、母は命を落とした。
 だが、ユリナミアは二歳年上の姉や乳母に面倒を見てもらい、母の居ない寂しさは感じてはいたものの、そこまで心に深い傷を負っていないと言う事はこの邸の人達が寂しく感じないよう配慮してくれていたのだろう。

「──お母様、……」

 なんで、と小さく呟く。

 目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。
 四回の記憶の中で、厳しくも優しい母親の顔や態度を思い出してユリナミアは顔を覆う。

「こんなに鮮明に思い出せるのにな……」

 侯爵夫人として、凛とした立派な淑女だった。

 母が生きていたら、ユリナミアが今考えている事をどう思っただろうか。
 王太子妃としての未来を諦め、クロノフから離れようとしている。

「──お母様だったら……、笑って一蹴されてしまいそうだわ」

 殺されるのが怖いから離れる、なんて言ったら笑って「殺される前に相手を消してしまいなさい」と冗談めかして笑っていたかもしれない。

「……ああ、もう」

 これは簡単にこの状況から逃げ出す事が出来なくなってしまったかもしれない。

 五回目の今回、何故こんなにも過去と違っているのか。
 それ、を調べて納得したい。

「──クロノフ様から離れる準備と並行して調べなきゃ」

 ユリナミアはきゅっと唇を引き結ぶと再びペンを走らせ始めた。
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