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◇◆◇

 薄暗い部屋の中で、クロノフは先日のパーティーでの出来事を思い出して唇を噛み締める。

 長い時間、先日起きた事を思い出していたらしい。
 室内はいつの間にか暗くなっており、外は日が落ちきっているらしい。

 クロノフはフリーシュア伯爵家と話した事を思い出して再びむかむかとし始める胸に手を当ててむくり、とソファから起き上がる。

 ──散々暴れ、散らかしてしまった。

 クロノフが自室で何をしているのか使用人達は察していたのだろう。
 誰も声を掛けてくる者はおらず、扉の奥はしん、と静まり返っている。
 もしかしたら人払いもされている可能性すらある。

「──……っ、ふざけた事を……っ」

 先程、謁見の間でフリーシュア伯爵の口から語られた話を思い出して、再び怒りが込み上げて来る。

「何が……っ、王太子妃にだ……っ何故俺がユリナミアを殺したあの女を妃にしなければならないんだっ」

 フリーシュア伯爵のその提案に、幸いにもクロノフの父親である国王は首を縦に振らなかった為、一旦はその話を遠ざける事が出来たが。
 だが、今後フリーシュア伯爵が魔晶石の鉱山で実績を積めば愚かな提案も呑まなくてはならなくなってしまう可能性がある。

 鉱山を破壊しようにも、既にフリーシュア伯爵家が見付け、人を派遣し続けている為、ひっそりと処分する事が出来なくなってしまった。
 今からクロノフが個人的に動いてしまえばどうしても人目につく。

「……やはり、フリーシュア伯爵家を最優先でどうにかしなければ、だな……」

 何故、レイチェルはあれ程までに自分に執着しているのだろう、と不思議に思う。
 過去、ユリナミアを殺して来たレイチェルはその後どの人生でもクロノフの妃となった。
 例え、クロノフから愛されなくともレイチェルは嬉しそうにしていて、その異常さに全てを思い出したクロノフは薄ら寒さを覚えてしまう。

「まるで……レイチェル・フリーシュアは俺に執着するのが決められているかのように……」

 ぽつり、と呟いてしまった自分の考えにクロノフはぞっとしてぶるりと体を震えさせると、部屋を出る為に扉へと歩いて向かった。




◇◆◇

 学園から帰って来たユリナミアは邸に戻るなり、図書室から借りて来た本を片手にいそいそと自室に向かう。

「姉さん、お帰りなさい」
「──アヴィ! ただいま。どうしたの?」

 自室に向かう廊下を歩いていると、弟のアヴィに声を掛けられユリナミアは振り向いた。

「……うん、最近姉さんが何か考え込んでいるように見えて。困り事ですか……? あの女の事……?」
「ア、アヴィ……そんな言葉を使ってはいけないわ……」

 アヴィの言う「あの女」とは間違い無くレイチェルの事だろう。

 あのパーティーの日、もしかしたらアヴィはレイチェルがわざと自分の姉であるユリナミアを突き落としたと思っているのかもしれない。
 それ所か、少し前から婚約者であるユリナミアが居ると言うのにクロノフにあからさまに近付いている事を何処からか知ったのかもしれない。

「だって……殿下には姉さんがいるって言うのに……あの女の噂、僕の耳にまで入ってくるんです」
「……そう、なの」

 ぐっ、と眉を顰めて唇を尖らせるアヴィに苦笑してしまう。
 アヴィの耳にまで入ってしまうとは、とユリナミアが考えているとアヴィはぱっと俯いていた顔を上げてユリナミアにたたたっ、と近付いた。

「──姉さん、あんな女なんかに負けないで下さいね。姉さんは昔から殿下をお慕いしていたんですから……!」
「そう、ね……。頑張るわ」

 アヴィの言葉にユリナミアはつい曖昧に笑って返事をする。

 折角応援してくれている、と言うのに「殿下から離れるつもりなの」と言える訳が無い。

「ふふっ、アヴィは昔から私とクロノフ様の仲を応援してくれていたものね」
「ええ、当然ですから! 殿下の隣に立てるのは姉さんしか居ません」

 アヴィの言葉を聞き、ユリナミアは微笑みながら頭を撫でる。
 すると、アヴィは「子供扱いしないで下さい!」と怒る。
 昔から、アヴィが養子としてこのアルドナシュ侯爵家にやって来てからこのようなやり取りがパターン化してしまっている。

 ユリナミアは微笑ましく笑いながら、アヴィと共に廊下を歩いて行った。
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