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 クロノフが今日一日居ないのであれば丁度いい。
 ユリナミアは放課後に学園の図書室で調べ物をしようかなと考えながら午前中の授業を受ける。

 学園の図書室には様々な資料がある。
 同盟を結んでいる他国の情報や、国内の事業や観光地の案内などが詳細に記載されたパンフレットのような物が数多く並んでおり、それを自由に閲覧出来る。

 この国、メディルアートは四方を他国に囲まれた大きくもなく、小さくもない穏やかな国だ。
 好戦的な国と隣り合わせている為、侵略を受けぬように自然豊かなこの国は益で他国と手を結び、常に侵略されぬよう目を光らせている。



「隣国とは友好条約を結んでいるから……もし国外に逃亡するなら、隣国に行くのも手ではあるわね……」

 ユリナミアは学園の授業が終わるなり図書室に移動して資料を読み込んでいた。
 隣国、アステルム国は一年中気温が低く、土地柄作物が育ちにくい。
 数年前に大きな災害に見舞われ飢饉が起き、多くの国民が命を落とした。その危機に手を伸ばしたのがユリナミアの国であるメディルアート国だ。
 国王陛下は国庫を開き、多くの支援をした。
 そうして、隣国アステルムは支援に感謝し、メディルアートと友好関係を結んだ。

「作物が育ちにくいアステルム国の国民は大変でしょうね……。隣国と言えども、国土は広い。国全体が豊かな土壌を持つとは限らないものね……」

 でも、とユリナミアは考える。
 万が一、国外に逃亡するとして。飢饉が起き、今も尚メディルアートの支援を受けねばならないアステルム国に逃亡しても命を落とす確率は高い。

「……殺されたくなくてクロノフ様から離れるのに、離れた先で命を落としてしまっては本末転倒だわ」

 メディルアートでは侯爵令嬢であるユリナミアでも、アステルムではただの平民として暮らさねばならないかもしれない。
 ユリナミア・アルドナシュとして隣国に行ったとしても直ぐにクロノフに見つかってしまうだろう。

「逃亡関係は無理ね……。それに、周りの皆に迷惑をかけてしまうわ」

 ならば、やはり婚約を維持出来ないような理由を探さねばならない。
 双方共に仕方ない、と納得出来るような何か。

「──いっその事、クロノフ様に嫌いです、とでも言ってみる?」

 ユリナミアはそう口にして、自分が発した言葉が馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう。

「──ふふっ、そんな事を言って婚約を解消出来たらどれだけいいか……。当人同士の気持ちなんて関係ないのだから……」

 王侯貴族の婚約・婚姻とはそう言う物だ。
 好きだ嫌いだと言う個人的な感情だけで契約を反故にする事など出来る筈が無い。

 ユリナミアはふう、と溜息を吐き出すと図書室の椅子の背もたれに背中を預けて頭上を見上げて目を閉じた。





◇◆◇

 王城。
 クロノフの父である国王陛下に呼び戻され、学園から戻ったクロノフは城に戻るなり謁見の間で父王と、その他二名と顔を合わせた後自室に戻っていた。

 クロノフの自室は様々な物が割れ、滅茶苦茶になり荒れ果てている。

 その中でクロノフは自分の顔を両手で覆い、床に仰向けで倒れながら怒りを押し殺す事に必死になっていた。

 ギリギリと奥歯を噛み締めたせいで先程嫌な音が聞こえた。
 割れた硝子であちらこちら肌を切ってしまっていて、ピリピリと痛むそれが煩わしい。

「──……っ、愚かな……っ、また繰り返すと言うのか……っ」

 ぼそり、と呟いたクロノフの言葉は誰にも聞かれる事無く、室内に虚しく響いて消えた。

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