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 依頼主が分かった。
 クロノフのその言葉に、ユリナミアは考え込んでいたせいでいつの間にか俯いていた顔をぱっと上げるとクロノフと視線を合わせる。

 クロノフは瞳を細めて笑みを浮かべながら言葉を続ける。

「やはり間には複数の仲介者がいて、依頼主を特定しにくいように対応していた……。複数の仲介者を入れる事が出来るのは裕福な者しかいない。貴族か……商人か」
「──仰る通りですわ」
「うん。だが、今回の依頼主は貴族だったようだ。ホーイット子爵家を知っているかい?」
「ホーイット、子爵家ですか?」

 クロノフの口から出たホーイット子爵家の名前に、ユリナミアは暫し考え込む。
 ホーイット子爵家。確か保守派と新興貴族派どちらにも属さず、中立の立場だ。
 だが、確か数年前にホーイット子爵領は。

「……ホーイット子爵は、数年前の川の氾濫で領地は深刻な負債を抱えた、と聞き及んでおります」

 ユリナミアの言葉に、クロノフは瞳を細めてにっこりと笑みを浮かべる。

「ああ、そうだね。……ホーイット子爵は負債を抱えていて、仲介者達に金を渡す余裕なんて無かった筈だ。だけど、仲介者達は確かに自分達に依頼をして来た人物はホーイット子爵だと言う」
「……そんな、おかしいですわ」
「そうだね。ホーイット子爵を捕え、理由を尋ねようとしたのだけれど……。ホーイット子爵は病死していたよ」
「──え!?」

 クロノフの言葉に驚き、ユリナミアはぎょっと瞳を見開いてしまう。

 病死していた。

 あまりにもタイミングが良すぎる。
 まるでホーイット子爵が見付かる事を見越していたような不自然さだ。

 ユリナミアが疑問に思い、考えているとクロノフは肩を竦めた。

「ホーイット子爵は……確かに負債で苦しい生活はしていたようだけど……家族が辛い思いをしないよう、贅沢は出来ないが貴族としての生活は最低限送れていたそうだ。そうなると、突然の病死はおかしい……。健康状態にも何ら問題は無かったらしいからね」
「──突然死、無いとは言えませんが……」
「ああ。このタイミングで、だろう? 誰かがいる事は確実……。だが……当人が死んでしまって真相は闇の中、だな」

 足取りが途絶えた、と呟くクロノフにユリナミアは眉を下げる。

 依頼主が死んだ、とあってはこれ以上調べる事は難しいだろう。
 ユリナミアが小さく溜息を吐き出す姿を見詰めながら、クロノフは胸中で呟いた。

(十中八九、ホーイット子爵を隠れ蓑にして殺したのはフリーシュア伯爵家だろう。……だが、証拠が無い事にはどうにも出来ぬ……)

 さて、どうしようか。
 クロノフは考えつつ馬車の窓へと視線を向けた。
 窓の外にはユリナミアとクロノフが通う学園の姿が見えている。



 ユリナミアとクロノフが馬車から降り、学園に入るまでの間。
 今までであればレイチェルが必ずと言っていい程クロノフを待ち構えており、声を掛けてきていたのだが今日は姿が見えない。
 その事にユリナミアとクロノフも若干の違和感を覚えるが、居ないのであれば丁度良いとそのまま学園内へと入って行く。

 教室に到着し、授業が始まるまであと僅か、となってもレイチェルが姿を表す事は無く。
 珍しく今日は休みなのだろうか、とユリナミアが席に着いて教材を用意していると廊下から急ぎ足で教室に向かって来る足音が聞こえて来る。

「クロノフ殿下……!」

 教室に姿を現したのは、王城の騎士で。
 その騎士の騎士服を見て、ユリナミアはやって来た騎士が伝令等の急ぎの報せを担当している部隊である事を知るとクロノフに視線を向ける。

 クロノフはその騎士が姿を現した際に既に席を立っていたようで、クロノフの名を呼んだ騎士の元へ向かって歩いている。

 教室内に居る学園生達は突然現れた王城の騎士の姿と、クロノフを遠目に見詰めている。
 学園生達の多くの視線を受けながら、騎士とクロノフは二言、三言言葉を交わすと突然クロノフがくるり、と振り向いた。

「──っ、」

 その行動にユリナミアはびくり、と肩を震わせる。
 何故か、振り向いたクロノフはしっかりとユリナミアの方へと顔を向け、更には近付いて来るではないか。

「──え、殿下?」

 がたり、と自分の席から立ち上がりユリナミアがクロノフへ一歩近付くと、急ぎ足で近付いて来ていたクロノフがユリナミアに向かって声を掛ける。

「ユリナミア、すまない。私は急ぎ城に戻らねばならなくなってしまった。帰りは送れないので、必ずアルドナシュ侯爵家の護衛を付けて帰宅してくれ。馬車内で話した事は後日、しっかりと話し合おう」

 クロノフは早口でそう告げると、呆気に取られつつ、こくりと頷いたユリナミアを確認するなり踵を返してやって来た騎士を伴い教室から出て行った。

「……あのように急いで戻られるなんて、陛下からお呼び出しでもあったのかしら?」

 ユリナミアはぽつりと呟き、クロノフが居なくなった教室内で自分の席に戻った。
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