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しおりを挟むユリナミアとクロノフが学園に向かって歩いていると、二人の背後からたたたっ、と駆け寄って来る足音が聞こえてくる。
「クロノフさまぁ! おはようございます」
「──レイチェル嬢か。おはよう」
後ろから二人に追い付くようやって来たレイチェルは、クロノフの隣にやって来るとにこにこと嬉しそうに笑顔を浮かべ、クロノフの顔を覗き込むようにして挨拶を口にする。
クロノフはちらり、とレイチェルに視線を向けるとにこりと笑顔を浮かべて挨拶を返す。
その笑顔はユリナミアに向けるような笑顔とは違い、「その他大勢」に向けられるような温度もない作られた笑みではあるが、レイチェルはクロノフが自分に向けて微笑んでくれた、と言う事実だけに目を向けて勝ち誇ったような顔をユリナミアに向ける。
「あっ、ユリナミア嬢もいらっしゃったんですねぇ? おはようございます」
「ええ、おはようございますレイチェル嬢」
態とらしい声を上げ、レイチェルはユリナミアに向かって声を掛けるが、ユリナミアはにこりと笑顔を浮かべてあっさりとレイチェルに挨拶を返すとそのままレイチェルから視線を外して真っ直ぐ前を向いてしまう。
その様子を見てレイチェルはつまらなさそうに眉を寄せた。
(──なに? この人ってば、前までは私に突っかかって来たのに……っ。クロノフ様の前だからって大人しい振りしてるのかしら? けれど、今更猫を被っても無駄なのに……っ)
レイチェルは自分を無視して歩いて行くクロノフに首を傾げながら、クロノフの腕に触れようとそっと腕を伸ばした。
「──っ、」
だが、レイチェルの腕がクロノフの腕に触れる寸前。
クロノフはさっとレイチェルの腕から避けると不快感に満ちた視線をレイチェルに向けた。
「──レイチェル嬢、何を……?」
「え……っ、? えっ、だって……」
「ご令嬢が軽々しく男の腕に触れてはいけないよ。自分の品位を落としてしまうからね」
冷たい声音で告げるクロノフに、言われた当人のレイチェルも、クロノフの隣にいるユリナミアも驚きに目を見開いた。
だが、当の本人であるクロノフはレイチェルを気にする素振りは見せず、ユリナミアに視線を向けると唇を開いた。
「ユリナミア、急ごうか。今日の午前授業は講義室に移動だろう?」
「──え、あっはい……。そうでした、ね」
クロノフはにこり、とユリナミアに向かって微笑むと二人の少し後ろで足を止めてしまったレイチェルに気にする事なくそのまま学園の建物内に向かった。
◇◆◇
誰も覚えてなどいないだろう。
あの日、彼女がどんな目に合い、どんな風に自分の目の前で息を引き取ったのか。
だからこそ、「それ」を思い出した自分はもう二度と彼女をそんな目に合わせたく無い。
あれ程に自分を愛してくれていた彼女が何の罪も無いのに非業の死を遂げた。
もう二度とあんな目には合って欲しくなくて。
もう二度と彼女が命を脅かされる事なく、天寿をまっとうして欲しい。
その為に必要な対価は全て払う。
そう決意した男の命はあと幾許か。
残り少ない人生の中で、彼女に死を与えようとする魔女のような女を道ずれにするために、男は全てを思い出したあの日に誓った。
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