上 下
13 / 44

13

しおりを挟む

 父親の言葉に、ユリナミアは真っ直ぐ視線を向けたまま肯定する言葉を発する。

「──はい、お父様。私は、クロノフ殿下との婚約を解消させて頂きたい、と考えております」
「何故……。ユリナミアはあんなに殿下をお慕いしていただろう? 殿下の妃となる為に厳しいマナーレッスンや勉学も耐えたのではないのか?」
「ええ、そうです……。確かにお慕い上げておりましたわ。ですが、このように自分の身を守れず自らの顔に傷を作るような体たらくでは、殿下の妃など務まりません」
「だがっ、それはユリナミアのせいでは無いだろう? 防ぎ切る事が難しい事故だ……」

 証拠が無い為、あの日レイチェルがユリナミアを殺そうと思い階段から突き落とした、とは言えない。

(けど……、殿下と共にいる限りレイチェル嬢から命を狙われる事は事実……。何度も繰り返している、と言う事は伏せて……お父様にレイチェル嬢から命を狙われてしまうかも、と言う事はお話してもいいかもしれないわね)

 ユリナミアはそう考え、それとなくレイチェルが危険なのだ、と。
 命を狙われる可能性があるからだ、と言う事を伝えようと唇を開いた。

 ──が。

「──……っ、? ──っ、!」
「ユリナミア?」

 父親に告げようとした途端、自分の喉から声が出なくなってしまう。
 父親に話したいのに、無意味に口をぱくぱくと開いたり閉じたりする事しか出来ず、ユリナミアは信じられないと言うように瞳を見開いた。

「──どうした、!? 何か、体に異変が……!?」

 慌てたようにソファを立つ父親に、ユリナミアはぶんぶんと首を横に振る。

「なっ、何でもございませんお父様……っ!」
「──、? 先程は顔色が悪かったが……」

 命を狙われている、と言う事を告げるのを諦めた途端に言葉を発する事が出来て、ユリナミアは自分の身に起きている事が信じられず、そっと喉に手を添える。

「そのっ、お話が途中になってしまいましたが……ですが、殿下との婚約解消のお話を、どうか聞き入れて頂きたく……!」
「──だが、先程ユリナミアが言ったような理由では……王家は納得するとは、思えないぞ? それよりも、──あの、フリーシュア伯爵家の子女が原因なのでは無いか……?」
「──っ!」

 父親の言葉に、ユリナミアはつい勢い良く顔を上げてしまう。

(さすが、お父様……! もしかしたら、私がお伝えしたい事を読み取って下さった……!?)

 ユリナミアの行動に、父親はぐっ、と眉を寄せると悔しそうに言葉を吐き捨てる。

「──やはり、そうか。あのフリーシュア伯爵家の子女が、殿下に付き纏っているのだな。殿下が強く拒絶出来ない事を良い事に……。フリーシュア伯爵め……」
「お、お父様……? 確かに、その……フリーシュア伯爵令嬢が殿下に、その……執着しているようですが……伯爵? 殿下が拒絶出来ない、とは……?」

 拒絶しない、のでは無くて出来ない、とは一体どう言う事だろうか。それに、何故そこにレイチェルの父親であるフリーシュア伯爵の名前が出て来るのだろうか、と疑問を口にするがユリナミアの言葉にはっとした父親は視線を逸らして口を閉ざしてしまった。

「──いや、何でも無い。……それよりも、ユリナミアが殿下と婚約を解消したいと言う理由がその怪我の事だけであれば、難しい。殿下もユリナミアの事を心配して下さっているだろう? だから気弱になる必要は無いんだぞ?」
「気弱、と言いますか……。──……っ、」

 ユリナミアはもう一度父親にレイチェルに命を狙われ、殺される危険があると言う事を話そうとしたが、やはりその事を話そうとすると途端に声が出なくなってしまう。

(やっぱり、殿下に懸想しているレイチェル嬢に殺されてしまう可能性があるから、と話そうとする度に声が出なくなってしまうわね)

 ユリナミアは、自分自身に起こる不思議な現象に首を傾げる事しか出来ない。

「そう、だな……。一応、殿下には婚約についてお話をさせて頂くが……。殿下も、その怪我の事だけが理由なのであれば、頷いては下さらないと思うぞ……。フリーシュア伯爵家の事は気にせず、弱気にならないで良いからな」
「──分かり、ましたわ……お父様」

 本当の理由が話せないのであれば、これ以上は父親にどれだけ訴えても無理だろうとユリナミアは一旦諦める事にした。

(何か……今回の怪我では無くて……、殿下の婚約者を続けられない他の理由を考えなくては……)

 ユリナミアは応接間から退出する為、頭を下げて部屋から出ると自室へと向かって歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

婚約者は私を愛していると言いますが、別の女のところに足しげく通うので、私は本当の愛を探します

早乙女 純
恋愛
 私の婚約者であるアルベルトは、私に愛しているといつも言いますが、私以外の女の元に足しげく通います。そんな男なんて信用出来るはずもないので婚約を破棄して、私は新しいヒトを探します。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...