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「王太子殿下、わざわざお越し頂き申し訳ございません。応接間にご案内致します。──ユリナミア、殿下を」

 ユリナミアの父親が正面玄関から入るなり、クロノフの姿に一瞬驚いたが直ぐに表情を引き締めると声を掛ける。
 父親の言葉にクロノフはのろのろと顔を上げると、「分かった」と呟く。
 ユリナミアはクロノフの態度に眉を寄せながら応接間に案内する為に父親に付いて歩き出した。



 応接間に通されたクロノフは、張り詰めていた緊張感を解くようにしてソファに腰掛けた。
 ユリナミアと父親が同じソファに横並びに座り、その向かいにクロノフが座る。
 お茶の用意をし終わった使用人が頭を下げて応接間を出て行くのを見送ってから、ユリナミアの父親がクロノフに向かって唇を開いた。

「報せを送らせて頂いて、早急に訪問頂きありがとうございます殿下。見ての通り、ユリナミアは無事でしたので心配ございません」
「──……っ、だが……男達が襲って来たと……」
「アルドナシュ侯爵家の護衛が対処致しました。ユリナミアには傷一つ付いておりません」

 父親の「傷」と言う言葉に、ユリナミアは小さく「あっ」と声を漏らす。

(そう言えば……、階段から落ちた時に小さな傷跡が……!)

 今、その話をこの場でする事は許されるだろうか。

(けれど、話の流れでさらっとお父様とクロノフ様にお伝えすれば……っ)

 突然婚約解消の話を持ち出すよりもそう言った話に入りやすくなるかもしれない、と考えたユリナミアは自分の小さく零した声に反応して視線を向けて来たクロノフと父親に向かって言葉を発した。

「あの、宜しいでしょうか?」
「ん? 何だユリナミア」
「まさか、やはり怪我を負っていたのか……!?」

 父親とクロノフの言葉が被り、ユリナミアは若干戸惑いながら自分の前髪を退かしてこめかみ辺りを二人に見えるように晒す。

「その、怪我と言えば怪我ですね。傷があるのですが……見えますか?」
「──何?」

 ユリナミアの言葉に、父親がぐっと体を乗り出す。

「あの男共……! バシューとラグナも何をしておったのだ……!」

 先程、本屋で男達に襲われた際に負った傷なのかと父親が勘違いして怒りを顕にするが、慌ててユリナミアはその言葉を否定する。
 男達から傷一つ負わされていない。
 勘違いでバシューとラグナが罰せられてしまうのは忍びない。

「ち、違うのです……! 先程負った傷では無くて、先日のパーティーの時に……!」
「──あの日に……、」

 ユリナミアの言葉に、クロノフがぴくりと肩を揺らすが、クロノフの動きにユリナミアも父親も気付かない。
 額、こめかみ辺りにある小さな傷跡をユリナミアが指先で父親に示す。

「この部分に……小さな傷があるのですが……確認頂けますか?」
「ううむ……? 確かに、言われてみればうっすら、と……?」

 父親は難しい表情で自分の顎先に手を当て、言葉を返す。
 目を凝らして良く見てみれば、確かに傷があるように見える。
 だが、良く目を凝らして見て、言われなければその傷は見逃してしまいそうな程小さな物だ。

 だが、この場面でその話を切り出したユリナミアの意図に気付いたのだろう。
 父親は怪訝な顔を浮かべ、「いいのか?」と問うような視線を向けて来る。
 ユリナミアは、正しく自分の言いたい事を察してくれた父親に小さく頷くと真っ直ぐにクロノフに視線を向ける。

「その、傷……。あの日、パーティーの時に落下して……ユリナミアは傷を負った、んだね……?」
「──はい、殿下。殿下の婚約者と言う立場でありながら、このように簡単に顔に傷を負い大変申し訳ございません。私の不注意のせいでございますわ」
「不注意など……! あの日は、違うだろう……!? あの落下はユリナミアには防ぎ切れなかった。落下して行くユリナミアの腕を掴めなかった私の責任だ……。すまない、今も痛みが?」

 クロノフは悔しそうに表情を歪めるとソファから立ち上がり、ユリナミアの前にやってくると膝を付いてそっと手を伸ばした。
 クロノフの行動にびくり、と体を揺らしてしまったユリナミアに、クロノフは伸ばした腕をぴたりと止めると触れる寸前でぎゅっ、と手を握ってその場に立ち上がり、ユリナミアから離れてソファに戻る。

「先日の落下事故と……今回ユリナミアを襲った男達……。一先ず今日の男達を私が責任を持って調べよう。何故ユリナミアを狙ったのか、明らかにするから少し時間が欲しい」
「殿下が調べて下されば……、相手が分かるやもしれませんね……。有難くお願い致します」

 父親の言葉にクロノフは頷くと、ユリナミアを振り返った。

「ユリナミア──。私は一旦戻るよ。その怪我の跡には、良く効く薬を届けさせるから……使ってくれ」
「──ありがとうございます、殿下」
「ああ。また、登校の時に迎えに来るよ」

 クロノフはユリナミアに向かって微笑んだ後、見送るユリナミア達親子に見送りは大丈夫だ、と告げて応接間を出て行った。

 その場に立ち上がり、クロノフを見送ったユリナミアと父親は頭を上げた後、再び父親がソファに座る。

「──ユリナミア、正面に座りなさい」
「はい、お父様」

 難しい表情をした父親の言葉にユリナミアは素直に頷くと、クロノフが座っていたソファに移動して腰を下ろす。
 ユリナミアが座った事を確認して、父親は眉を寄せて言い辛そうに唇を開いた。

「クロノフ殿下と、婚約を解消するつもりか……?」
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