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 ユリナミアと護衛は言葉少なにやり取りをすると、本屋へと足を踏み入れた。

 貴族街にあり、貴族と貴族の邸で働く者達が利用するこの街は一つ一つの店が大きく、本屋に至っては三階建てだ。
 広過ぎる店内では姿を隠せる場所も多く、本に夢中になる余り一緒に入った人とはぐれてしまう事もある。

 だが、この街は本来であれば貴族と、貴族の使用人しか利用する事が無い街である為はぐれてしまっても直ぐに合流する事が出来る。
 本来であれば。

(そう言えば、確か街で暴漢に襲われて命を落とした時は……貴族街だったのよね。ふふ、何故貴族街に暴漢が入り込んでいたのかしら)

 今思えば、ユリナミアを殺した暴漢達はとても貴族街に似つかわしく無い身なりをしていたように思える。
 まるで貧民街に居るような身なりの暴漢達に路地に連れ込まれ、殺されてしまったのだ。

(確か……あの時はクロノフ様を誘ったけれど、断られてしまって。送ると言われたクロノフ様の申し出を断って今日のように別々の馬車で帰ったのよね。街に通り掛かって、寄りたいと御者に言って……)

 とんとん、と本屋の階段を登りながらユリナミアは思い出す。

(夕方遅くに、お菓子を購入しようとお店に向かって……。護衛にお菓子を馬車に入れて来て、と頼んで……護衛と離れた一瞬の隙に突然腕を引っ張られてしまったんだわ)

 夕方遅くだった為、周囲も薄暗くなり人もまばらだった為、ユリナミアの姿は人目に付きにくくお菓子の店を出た近くの路地に連れ込まれてしまった。

「──っ、」

 ぶるり、とユリナミアの体が震える。
 あの当時の恐怖を、痛みを思い出してしまいユリナミアの背中に嫌な汗が伝う。

「お嬢様……? 大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫よ……。それで……、男達は着いて来ているのかしら?」

 ユリナミアの言葉に、護衛は暫し黙り込むと小さく頷いた。

「そう。……男達の身なりは分かる? どんな服装をしているのかしら?」

 流石に以前の暴漢達のような身なりであれば入店する事を断られるだろう。
 ユリナミアの考えは正しく、護衛が声を潜めて答える。

「三人とも、使用人のような服装をしていますね。入店してお嬢様を遠目から見ています」
「──そう、なら……そろそろはぐれようかしら?」
「かしこまりました」

 ユリナミアの言葉に二人は小さく声を返すと、ユリナミアは敢えて少し大きく声を出す。

「──もうっ! 欲しい本がぜんっぜん見つからないじゃない……っ! ちょっと店の人間に確認してくれないかしら?」
「かしこまりました。確認して参ります」
「お願いね!」

 護衛の一人が階段を降りて一階に向かった事を確認すると、ユリナミアはちらり、と残った護衛に視線を向ける。

「人が少ない場所に誘導出来るかしら?」
「それならば……。人の気配が無いのはこちらですね。……お嬢様、念の為にこちらを」

 護衛から手渡されたダガーをこっそりと受け取り、言葉と視線を確認して、ユリナミアはそちらに向かって足を踏み出した。





 そうして、ユリナミアと護衛が人気の無い区画に足を踏み入れた瞬間、ユリナミア達の後を追っていた男達はあっさりと姿を表した。
 護衛一人であればどうとでもなると思ったのだろう。
 だが、残った護衛は下の階に向かわせた護衛よりも腕が立ち、元々はユリナミアの父親を護衛していた人物だ。
 男達が三人束になってやって来たとて意に介さない程の強さを持つ。

 念の為、と言われ持たされたダガーは結局活躍する事は無く、ユリナミアは護衛に守られながらあっさりと倒されて行く男達を後ろから見ていた。

「お嬢様。店の者にアルドナシュ侯爵家に直ぐ報せを送るよう伝えましたので、時間が掛からず侯爵家の者がやって来るかと思います」
「そう、ありがとう」

 一階に降りて行った護衛は、こうなる事を見越して店主に報せを送るように手配してくれていた。
 手際良く男達を縄で拘束して行く護衛二人に、ユリナミアは目を細めて自分を襲って来た男達を見詰める。

(……あの時の暴漢じゃないわね。と言う事は、私を狙ったのはレイチェル嬢じゃないのかしら? いえ……そう考えるのは早計ね。レイチェル嬢かもしれないし、我がアルドナシュ侯爵家自体に恨みを持つ人物の犯行かもしれないし)

「お前達は何故お嬢様を狙った……! 吐け!」

 護衛の怒号が響くが、男達はだんまりを決め込んでおり、短時間で口を割るようでは無さそうだ。

 本屋の倉庫を一時的に貸して貰い、そこに場所を移動してユリナミアはゆったりと備え付けられていたソファーに腰を下ろしていたが、護衛に声を掛ける。

「ここで吐かせようとしても難しいかもしれないわよ? 我が家に連れ帰るんじゃないかしら?」

 ユリナミアの言葉に、男達が瞳を見開く。
 街の憲兵隊に突き出されると思っていたのだろう。
 その動揺が手に取るように分かり、ユリナミアの唇が弧を描く。

「侯爵家以上の高位貴族の人間を襲ったのだもの。その際は特例が認められてその犯人達の身柄は侯爵家の当主に一任されるわ。お父様が私の事を狙った人物を許すと思う……? 我が侯爵家は裕福だから、そうね……拷問専門の人物を雇うと思うわ」

 ──まあ、そんな特例などありもしないのだが。

 ユリナミアは心の中で舌を出し、男達を徹底的に怯えさせ追い詰める。

(特例なんてある訳無いじゃない。そんなのがあれば高位貴族達のやりたい放題になっちゃうわ)

 だが、ユリナミアの言葉を聞いて怯え、震え出す男達にユリナミアはにっこりと笑顔を浮かべた。
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