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 ──クロノフ様が、おかしい。

 ユリナミアは学園で過ごす時間、クロノフがずっと自分に付きっきりで甲斐甲斐しく手助けをしてくれる姿に違和感を覚える。

(あの日、レイチェル嬢を拒む事が出来なかった結果……レイチェル嬢によって怪我をしてしまった事にそれ程責任を感じていらっしゃるのかしら……)

 けれど、とユリナミアは考える。

(クロノフ様はとても真面目な方だと言う事は過去四回の人生と、五回目の今までからも分かっているわ……。けれど、いくら何でも自分に責任があるとは言え……王太子殿下ともあろう方が婚約者に付きっきりになって、甲斐甲斐しくお世話をする、と言うのはちょっと……)

 クロノフはこんな人物だっただろうか、とユリナミアは首を捻る。

「ユリナミア? どうした? 怪我が痛むかい?」
「──い、いえ……っ! 少しぼうっとしてしまっただけです、申し訳ございません」

 ユリナミアは、目の前に居るクロノフから話し掛けられてはっと意識を目の前のクロノフに向け直す。
 今までも、学園の昼食は二人で取ってはいたが、目の前のクロノフから向けられる笑顔が今までとは何だか違うような気がして違和感を覚える。

 クロノフ・レイ・メディルアートと言う男は、婚約者に対してこんなにも甘い雰囲気を醸し出すような男だったろうか。
 婚約者を愛おしげに見詰めるような男だっただろうか。

 今までは、婚約者に対して模範的な対応や態度を取る人物だった。
 婚約者に感情を揺れ動かす事はせず、冷静に接する人物だった。
 それなのに、今はどうだろうか。

(……何で、本当に急に、?)

 それ程に、自分の婚約者が怪我をしてしまった事を気に病んでいるのか。
 でも、心配とはまた違うような──……。

 ユリナミアは先程からぐるぐると同じような事を考えてしまっている。

 ユリナミアの心ここに在らず、と言うような態度に目の前に居るクロノフはそっと瞳を細めた。
 だが、思考の渦に呑み込まれているユリナミアはクロノフの変化には気付かない。
 ぶつぶつ、と小さく声を出してしまっているユリナミアにクロノフは「可愛いなぁ」と胸中で呟く。
 きっと、ユリナミアは自分が考えている事を小さく呟いてしまっている事に気付いていない。
 クロノフは自分の婚約者の可愛らしい姿に、昼食後のお茶をゆったりと口元に運びながらユリナミアを見つめ続ける。

 傍から見れば、今までと変わらない婚約者同士の昼食。
 だが、当の本人達の胸中は今までとは全く違っている事に一体誰が気付くだろうか。
 クロノフは今まで自分の婚約者としてユリナミアを大切に扱って来ていた。
 周囲の貴族達に少しも違和感を抱かせないように仲睦まじい様子を見せて来た。
 だから、今周囲から見えている自分達もきっと今まで通り仲睦まじい婚約者同士に見えているだろう、とクロノフはこくりとお茶を嚥下した。



 ぐるぐると考えている内に、昼食の時間が終わってしまい、ユリナミアはちっとも食べた気にならず、クロノフのエスコートを受けながら教室に戻っていた。

 二人並びながら廊下を歩いて、教室へと入る。

(──あ、そうだわ……。席もクロノフ様と隣同士だったのよね……)

 席に戻る最中、ユリナミアがそう考えているとクロノフは当たり前のようにユリナミアの隣に腰を下ろす。
 ユリナミアがぼうっ、とクロノフを見詰めているとクロノフが不思議そうな表情を浮かべる。

「ユリナミア? 座らないのかい?」
「──えっ、ええ……座ります……!」

 クロノフの問い掛けにユリナミアが慌てて席に座ると、クロノフは自分の制服の上着のポケットに手を入れて何か探っている。
 何をしているのだろうか? とユリナミアが不思議に思って見ていると、クロノフが取り出したのは可愛らしい包み紙に包まれた丸い物だった。
 指先で摘める程度の大きさのそれにユリナミアが不思議そうに見詰める先で、クロノフは包み紙を指先部分で持つ以外を取り外す。
 包み紙から顔を出したのは、茶色い丸い物で。色や、微かに香る甘い香りにチョコレートだろう、と言う事が分かった。

「ユリナミア」
「は──むぐっ、」

 クロノフはユリナミアに話し掛けると、包み紙を外した部分をユリナミアの口に押し当て、ユリナミアが唇を開いた隙間にひょい、とそのチョコレートを放り込む。

「──っ、??」

 驚き、不思議そうな表情を浮かべるユリナミアにクロノフは小さく笑みを浮かべた。

「ふふ、ユリナミア。沢山考えて頭が疲れただろう? 頭が疲れている時は甘い物を取ると良い」

 昼食時に色々と考え込んでいた事がばれている。

 ユリナミアは、自分の口の中に広がる甘い香りと舌に広がる濃厚なチョコレートの味についつい頬を緩めてしまう。
 最高に美味しい。
 王城に居る料理人が作った物だろうか。それとも、街にある店で購入した物なのだろうか、と考えながらユリナミアが幸せそうにチョコレートを味わっていると、クロノフが嬉しそうに、だが何処か悪戯が成功した時のような悪い笑みを浮かべている。

(──あれ、?)

 そんな表情、クロノフがする訳が無いのに。
 ユリナミアは何処かでその笑顔を見た気がして首を捻る。

 クロノフは、婚約者に対していつも微笑みを浮かべている。
 けれど、その微笑みはまるで感情の見えない微笑みだった。婚約者にはこうして微笑む、と言うようなお手本通りの笑顔。

(……あれ?)

 けれど、今ユリナミアの目の前に居るクロノフは年相応の笑顔を浮かべているように見えて。
 そうして、その笑顔を何処かで見たような気がして。

 ユリナミアは腑に落ちない、消化不良のような引っ掛かりを覚えた。
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