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最終話
しおりを挟む──ある晴れた日のラフィティシア侯爵邸の訓練場では、ウルミリアとジルが訓練用の剣で打ち合いをしていた。
「……っ、この国のっ、"これから"の方が大変ね……っ!」
「そうですね、ウルミリアお嬢様。ここ最近、隣国が怪しい動きをしてるそうですしね」
ジルは、ウルミリアからの横薙ぎの一閃を軽く後ろに跳んで避けると、追撃してくるウルミリアの剣を正面から受け止める。
「国が……っ、荒れれば周辺諸国はっ、これ幸いとばかりに……、侵略戦争を仕掛けて来るもの、ねっ!」
「仰る通りですね、ウルミリアお嬢様」
「ああっ、もう!訓練にならないわ……っ!」
ウルミリアの攻撃をひょいひょい、と軽く躱して避け続けるジルにウルミリアは不貞腐れたような表情を浮かべて剣を下ろす。
実際、最近周辺諸国の動きが活発になって来ている。
この国の混乱が外にまで漏れ、弱っている今の内に、と考えている国が多い。
「けれど……この国で一番の武力を誇るラフィティシア侯爵家が中心となってこの国を守るわ……」
「そうですね。実際数十年前に起きた戦争はウルミリアお嬢様のご祖父様が大変ご活躍され、十数年前の国境で起きた戦闘には旦那様が出陣されて圧倒的な武力を持って勝利されております」
ジルはそう言葉にしながら、心の中で思う。
あれだけ手酷く、完膚無きまで叩き潰されたのにまだこの国に仕掛けて来るとは愚かだな、と。
「まあ、仕方ないわよね。次の国王陛下がこの国を立て直して下さるまで、どうにか私達のような武力のある家門が国を守らないといけないし……」
「ですが、何と言いますか……情報の漏洩も早く、他国の動きが早いのも何だか引っかかりますね……」
ジルの言葉に、ウルミリアは下ろした剣の柄を弄びながら何て事のないように言葉を返す。
「ウェスターお兄様が言うには、私達の国の情報を他国に流している愚かな貴族がいるらしいわよ。まあ、その処理はもうすぐ終わりそう、と笑っていらっしゃったわね」
「……流石ウェスター様ですね……」
頭脳も、武もあるウェスターがこの侯爵家の跡継ぎで、この先の侯爵家は安泰だな、とジルはほっと安堵の息を零す。
ウルミリアとジルが休憩代わりの会話を続けていると、背後から物凄い速度でジルに近付く気配を感じて、ジルは勿論ウルミリアもギョッと瞳を見開いた。
二人の後方からは、物凄い勢いでこちらに近付いて来るウルミリアの父親の姿。
その後方には、呆れた表情でゆったりとこちらに向かって歩いて来るウルミリアの母親の姿を見つけて、ウルミリアはぱっと表情を明るくした。
「お父様に、──お母様っ」
「ちょ、待って下さい、旦那様が……っ」
「お父様をお願いね、ジル。暫く大きく体を動かす事が出来ていなかったみたいで、鬱憤が溜まっているみたい」
「──っウルミリアお嬢様……!」
ジルは、自分に背を向けて去って行くウルミリアの後ろ姿に悲鳴のような声を上げるが、ウルミリアはさっさと自分の母親の元へと歩いて行ってしまう。
離れるウルミリアと入れ替わるように猛スピードでこちらにやって来るウルミリアの父親は、いつの間に訓練用の剣を取り出したのか、片手に剣を携えてジルへと飛びかかった。
「──ジル!丁度良いところに居た!さあ、手合わせをするぞ!」
「だ、旦那様っ!私は先程ウルミリアお嬢様と大分打ち合いをしておりましたので旦那様がご満足頂けるまでお付き合い出来ません……!」
体力が無尽蔵の目の前の男に付き合っていたら日が沈んでも、夕食の時間が訪れてもいつまでも付き合わされそうだ。
先程まではウルミリアと二人きりで打ち合いをしていて幸せだったのに!とジルは胸中で叫ぶと父親の攻撃から大きく飛び退いて避ける。
訓練場には、勿論他の者もいるのだが、ジルの目にはウルミリアしか入っていない。
(せっかく幸せな余韻に浸っていたのに……!最近はずっと裏方の仕事ばかりで飽き飽きしているのは分かるが……っ)
ストレスが溜まりに溜まって、爆発してしまったのだろう。
ウルミリアの父親はウェスターのように頭脳と武力を兼ね備えた人物ではない。
根っからの武に全てが振り切った人間なのだ。
今回はウェスターが主体で計画し、動いたと言えど侯爵家当主はウルミリアの父親だ。
当主本人が動かなければいけない部分が数多くあった。
その、鬱憤が溜まっているのだろう。
「それ、を……っ私で発散しないで下さい旦那様っ!」
ついついジルは非難するように父親に向かって声を上げてしまう。
そのジルの声を聞いたウルミリアの父親は、チラリとウルミリアと自分の妻が居るテーブルへと視線をやってからジルに向き直り、にんまりと口端を持ち上げる。
「そうさの……今回の一件でウルミリアには苦労を掛けたから、今後ウルミリアの婚約者の選定は慎重に行わなければいけないな。もう二度とウルミリアに苦労を掛けない男を見繕わなければ!」
「ええ、ええ!仰る通りですね……っ!是非そうなさって下さい!」
「そうだろう、ジルもそう思うだろう!だから、次の婚約者には少なくとも私に勝てるような屈強な男ではなくては……!」
「──そのような者が果たして居られますか……!?この国で一番の軍事力を持つ家門の当主より強い男など、この先出て来ますか……!?」
ジルの言葉に、にんまりと笑みを浮かべたウルミリアの父親はジルからの攻撃を強く弾き返すと楽しそうに口を開いた。
「──難しいだろうな!だが、私の攻撃の癖を掴んだ者との一体一の戦いでは負ける事もあるかもしれん!」
「──……っ!」
ジルはその言葉を聞いて僅かに目を見開く。
ウルミリアの父親が暇を持て余してこうして戯れに手合わせを挑む相手は、ジルが知る限りただ一人しか居ない。
ジルは、ウルミリアの父親が自分以外に手合わせをしている姿を見た事が無いのだ。
「指導」と言う事は自分の兵達に行う事はあるがこうして自らが剣を持ち、相手と剣を合わせて手合わせをする姿をジルは自分以外に見た事が無い。
その動揺の隙をついて、ウルミリアの父親がジルの剣を強く弾き飛ばした。
「──ふん。まだまだ私には叶いそうにないな」
ジルの弾き飛ばされた剣は、二人の直ぐ横の地面に音を立てて落ちた。
ウルミリア達の国に侵攻しようとしていた殆ど国々は、突然ある時期を境にぴたり、と動きを止めた。
ウルミリア達の国は、多数の国々から攻められる可能性がある為に各地に兵力を散らしていたのだが、殆どの国が静かになった為にこれも何かの作戦なのか、と警戒を続けたが結局国に侵攻してくる他国は居らず、唯一侵攻して来た国はラフィティシア侯爵家を中心としたその他の軍勢にあっさりと敗れ、撤退して行った。
何故、突然周辺諸国が動きを止めたのか分からず不気味ではあったが、国に入り込んだ他国の間諜や、敗れた国の兵を捕え情報を吐かせた所。
素性の掴めない何者かの動きで、ウルミリア達の国を攻める事が出来なくなった国々が続出したらしい。
その人物が他国にどんな影響を与え、侵攻を断念せざるを得ない状態になったのか、は終ぞ判明しなかったが、それ以降ウルミリア達の国を攻め滅ぼそうと戦争を仕掛けてくる国は居なくなった。
今は他の国より、自国の立て直しを優先しているのだろうか。
それは、ウルミリア達の国も同じで、他国の侵攻に注視しなければいけない状態が緩和され、国内へと目を向ける事が出来るようになった。
これから、国はどんどんと立て直しが行われていく。
国では、大きな暴動が起きる事は無くゆっくりとたが着実に元の国の体制を取り戻し、じきに次の優れた国王が誕生する。
国が安定するまで、ウルミリアのラフィティシア侯爵家はいつまでもどの家門よりもこの国に住む国民の為に尽力し続けた。
─終─
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