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しおりを挟むウルミリアとジルがひっそりと見つめる先で、テオドロンを乗せた馬車が無事王城から脱出し、追手も何もいない事を確認すると、ウルミリアは安心したようにその場にしゃがみ込んだ。
「ウルミリアお嬢様……、」
「大丈夫、大丈夫よ。ジル……、少し気が抜けただけだから……」
二人は声を潜めて会話をする。
テオドロンの脱出を確認する為に、貴族用の牢から出た二人は馬車が良く見える建物の屋根へと登っていた。
高所から確認した方が見やすい為、ジルに連れて来て貰ったが、テオドロンが無事に脱出出来たのであればあまり王城近くに長居する必要は無い。
今頃王城内はきっと大騒ぎだ。
国民からの反発、その反発が暴動へ発展してしまう前に直ぐに手を打たなければいけない。
しゃがみ込んだウルミリアを心配するように、ジルもウルミリアの隣にしゃがみ込み、顔色を確認して来る。
「やはり、ウルミリアお嬢様も心労がたまっていらっしゃるのです。お邸へ早急に戻りましょう」
「──ええ、そうね、……」
戻らなければいけないのは分かっているが、ここ最近ずっと気を張っていたせいか、体から力が抜けてしまっていて上手く力が入らない。
「ウルミリアお嬢様?」
「──安心したのよ……。テオドロン様がこの選択をしてくれて本当に良かった……そう考えたら力が抜けてしまって」
力無く笑うウルミリアに、ジルは眉を下げる。
テオドロンがウルミリアの提案を呑み、生きる事を選択してくれたから良かったが、これであのまま牢に残る、と言われる可能性だってあったのだ。
テオドロンが、テオドロン自身が牢に残ると言う選択をしたらウルミリアにはそれを止める権利は無い。
生きて欲しいとは思ったが、ウルミリアが手助け出来るのはほんの少しだけだ。
これから長い人生、最後まで助ける事は出来ない。
「──中途半端に助けるだけ助けて、あとはご自由に、なんて酷い事をしたかしら?手を貸すのならば最後まで貸した方が良かったのかしら。どれが正解なのか、分からなくて、でも……だけど生まれただけで罪だなんて言われるのは悔しいじゃない?けれど、テオドロン様も沢山罪を犯してしまったのよ……彼だけ、特別視して助けるのは……違うじゃない?」
「──そうですね」
ウルミリアの小さく叫ぶような、悲鳴を上げるような声にジルはただ頷く。
──公爵家の食堂を後にする時、ジルは聞いてしまっていた。
公爵夫人の懺悔と、公爵の謝罪を。
公爵夫妻は、「テオドロン」が既に亡くなっている事に気付いていたのだ。
双子が、入れ替わっている事に気付いていた。
そして、テオドロンに入れ替わった彼が、成そうとしている事にも気付いていた。
気付いていながら、止める事が出来なかった。
結局、公爵夫妻は現実から目を背け続け、逃げ続けて二人の息子を永遠に失ってしまったのだ。
ウルミリアは、その事だけはテオドロンに話さなかった。
話せばきっと、元々心根は優しい人物である彼は一生悔いるだろう。
心の隅にずっと後悔を抱きながら生き続けてしまう。
それならば、知らせない方がいい。
両親は、双子の入れ替わりになど気付いておらず忌み子である彼の事など気にも止めていなかった、と思っていた方がいい。
「──少し疲れたわね……」
ぽつり、と言葉を零したウルミリアにジルは優しく微笑む。
「それでは、お邸までは私がウルミリアお嬢様をお抱えしてご移動致しますね」
「──うん、ありがとう、ジル」
「お任せ下さい」
ジルはウルミリアに笑い掛けると、ウルミリアを自分の両手で抱えてその場に立ち上がる。
ジルの腕の中から、王城の方向を確認すると時間の経過と共に騒ぎが大きくなって行っているのが風に乗って伝わって来る。
ウルミリアはその様子から目を背けるように、ジルの胸に自分の顔をぎゅうっ、と押し付けると、ジルのウルミリアを抱く腕に力が篭もった。
それからのこの国は、大いに荒れた。
テオドロンを逃がした翌朝、夜が明けた時には過去の王族の所業が今現在まで続いていた事が国民に知れ渡り国民に留まらず、この国の貴族達からも非難され、王家の命で過去に公爵家の力を奪い取った家々の家名も公表された。
そして、ラフィティシア侯爵家が新聞社に情報を流した「王家によるテオドロン・ティバクレールの処刑」と言う噂により王族は、この国の王家は完全に見放された。
国もテオドロンの脱獄を発表する事は出来ず、テオドロンの消息を掴む事も出来ず、その処刑の情報に否定も肯定も出来なかった為に完全に国民の心が離れた。
そして、その国民達の離れた心をラフィティシア侯爵家を筆頭とする反王政派が民心の心を掴み、国に不満を訴え、絶対王政の国の在り方を変えて行く一歩を担った。
直ぐにこの国を立て直す事は不可能だろう。
時間を掛けてゆっくりゆっくりとこの国を内から作り替えて行けばいい。
ティバクレール公爵家は、跡継ぎを失ってしまった事から爵位を継ぐものがいない為、この先親戚からの養子でも取らない限り、現当主が居なくなった後は領地は王家へと返還されるだろう。
その領地はその後、恐らく反王政派の貴族達に与えられる事となる。
きっと、公爵家は養子を取る事はしないだろう、とウルミリアは考えている。
きっと、現当主がこの先の事を考え公爵家が滅んだ後の事を全て対応するだろう。
長く続いた歴史ある公爵家が滅んでしまう時は呆気ない物だ。
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最終話は、本日23:00更新致します
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