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しおりを挟むこの場所に聞こえる筈が無い声が聞こえて、テオドロンは俯いていた視線を勢い良く上へと上げた。
「──あらまあ……」
テオドロンの目線の先には、唯一この牢に取り付けられた窓があり、その窓枠に手を掛けてこの部屋へと侵入しようとして、テオドロンの姿に目を見開くウルミリアの姿があった。
「──は?ウルミリア……?」
こんな場所にウルミリアがいる筈が無い。
ここは、王城の警備が厳重な牢だ。
明日処刑される男が過ごす牢は厳重な警備がされている筈で、ウルミリアが簡単に入って来れる筈がないのに、何故。
テオドロンが驚愕に瞳を見開いていると窓から侵入し、スタスタと近付いて来たウルミリアが、真っ白なハンカチを差し出して来る。
テオドロンはそのハンカチを怪訝な目で見つめると、意図を汲む為ウルミリアに視線を向けたが、ウルミリアは呆れたような表情を浮かべて、自分の目元を指先でチョンチョン、と突いた。
「──……っ、!」
その瞬間、テオドロンは先程まで自分が涙を零していた事を思い出し真っ赤になると、ウルミリアから差し出されたハンカチをひったくる勢いで奪い取り、自分の目元を覆った。
「──ウルミリアお嬢様、余りお時間がございませんので……」
「分かっているわ、分かっているわよジル」
ウルミリアの後ろから、テオドロンにはもう聞き慣れてしまった気に食わない男の声が聞こえて来て、テオドロンは苛立ちを覚える。
「──こんな場所にウルミリアを来させるな、使用人。それくらいは止めろ」
「私はウルミリアお嬢様のなさる事のお手伝いをする事が一番の幸せですので」
テオドロンの言葉に、ジルはにっこりと笑みを浮かべて言葉を返す。
テオドロンはそのいつもの様子のジルに、舌打ちをしてウルミリアをじろりと睨み付けた。
「……早く戻れ。こんな場所に侵入したなんて知られればラフィティシア侯爵家も咎を受けるぞ」
「咎、ですか?……ふふっ、誰がいったい罰する事が出来るのでしょう。これからこの国は大いに混迷を極めるのに?」
「──は?国が……?どう言う事だ……」
ウルミリアの言葉に、テオドロンは意味が分からない、と言った表情を浮かべるとウルミリアに問う。
テオドロンの質問に、ウルミリアはにっこりと笑顔を浮かべると、なんて事のないようにとんでもない事を話始める。
「今、この時間だけが私がテオドロン様にご用意出来る最後の贈り物です。……この国は、これから王族が犯した罪を多くの国民が知る事になり、大変な混乱に陥るでしょう。王族は国民の怒りを目の当たりにして、「生きた証拠」となる貴方を真っ先に始末しに来るでしょう。明日とは言わず、恐らく今夜中に」
ウルミリアから語られる言葉を、テオドロンは驚愕に満ちた表情で聞く。
口を挟みたいが、何がどうなっているのか知りたいが、今はウルミリアから聞かされる言葉を必死に頭の中で整理する事しか出来ない。
「ですが……その生きた証拠であるテオドロン様が姿を消せば、残るのは王族への不信感。そこで、何故か貴族院と教会に届くティバクレール公爵家の歴史書と過去の当主の手記……!そして昨夜からまことしやかに囁かれる王族の非道な行い、それに何百年も耐え続けたとある公爵家の話……。公爵家を裏切り、甘い蜜を啜り続けた家門の数々……。貴婦人達の噂話は、蜂の巣を突くが如く広まっていきますわ」
「──……っ」
「そこで、国民と王族に反感を持っていた貴族の家門の数々はきっとこう思いますわ。"本当に悪いのは誰?"……と」
ふふ、と笑顔を見せるウルミリアにテオドロンは開いた口が塞がらない。
「何故、そんな事が……」
「あら、これはテオドロン様がなさろうとしていた事の一部ですわ。テオドロン様がご用意していた物達を、私達が拝借して、我が家に益が出るよう対応させて頂きましたの」
ウルミリアはテオドロンの座るソファの正面に自分も腰を下ろすと、テオドロンへと微笑む。
「この国の王族は、正さなければいけない事から目を背け続け、罪の無いこの国の国民達の命を長きに渡り無為に奪い続けておりました。ある家が力を付けた頃を見計らい、その力を言い掛かりを付け奪い取りました」
「だが、国は……王族は……この国の貴族が付き従うべき相手だろう……付き従うべき相手に牙を向き、侯爵家も無事では済まないのではないのか……」
「そこはご心配無く。我が家……いえ、我が父を慕う多くの騎士達がおります。その騎士達の多くはこの国の貴族が多く、中には我が侯爵家と同格の侯爵家を始め、伯爵家の当主方も多くおりますし……我が兄、ウェスターも上手く動いてくれておりまして……王政派と我が侯爵家を筆頭とした反王政派の二つの派閥が今後対立を始めますわ。我が侯爵家は簡単に崩れる事はございませんので、ご心配なさらず」
ウルミリアは、その後ぽつりと「現在静観している中立派もこぞって今後は反王政派に付くと思います」とにっこりと説明する。
「ラフィティシア侯爵家は、昔から武に重きを置く家門です。王家は大事、ですがこの国を作り支えているのは多くの領民達ですわ。その領民達はこの国の民でもあり、大事な国民です。侯爵家は国民を守る家門でもございますので、国民が辛い目に合うような政治をなさるのは王家であっても許せませんので……。そして、貴族と言えどもこの国の国民。テオドロン様もこの国の国民なのです」
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