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貴族が罪を犯した際に入れられる牢で、その男──テオドロン・ティバクレールはソファに座り、ぼうっと部屋の窓から外を眺めていた。

テオドロン・ティバクレールと入れ替わって何年経っただろうか。

「結局、テオドロンと入れ替わってもこの国に復讐する事無く、どうする事も出来ずにこのまま俺は死ぬのか」



テオドロンと「入れ替わりゲーム」を始めて数ヶ月。
初めは短い時間だけテオドロンと入れ替わり、この国の事を学んだ。
次に、テオドロンが得る教養が欲しくてテオドロンの学ぶ時間を奪った。

そして、最終的にはテオドロンの人生その物を奪い取ったのだ。

日に日に、戻って来るのが遅くなってくる「少年」に、テオドロンも不信感を露わにしていたが、まさか自分の人生その物を少年が狙っているなどとは考え付かなかったのだろう。
少年の言い訳を、テオドロンは信じた。いや、信じようと自分を納得させていた。

道に迷った。
お腹が痛くなった。
家の者に見つかって戻りが遅くなった。

そうして、それを繰り返しテオドロンと入れ替わりゲームを始めて数ヶ月後。
完全に入れ替わる事が出来るだろう、と判断した少年は、暗く寒い冷たい地下牢にテオドロンを残し、戻る事は無くなった。

少年と、テオドロンが出会ってから一年以上の月日が経っていたのだ。
少年がテオドロンに成りきるには充分な程の時間をテオドロンと過ごした。
テオドロンの性格を把握し、成り済ます。

成り代わってすぐの頃は時々違和感を覚えられたが、使用人達と共に過ごす時間は少なく、子供の頃は両親と共に食事を取る事も無い。
その事から両親にはテオドロンと、まさか地下牢に繋いだ双子の片割れが入れ替わっているなんて知られる訳が無かった。

教師とは顔を合わせる事が多く、たまに不思議な顔をされる事もあったが、月日が流れればそれも無くなった。

「少年」が「テオドロン」と完璧に入れ替われて数年後。
地下牢に繋がれた「少年」が亡くなった。

それを知ったのは、テオドロンとして暮らし始めてから数年後の事だった。





「本来は、双子は産まれたら直ぐに神に返すと言うのが決まりだったのにな。直ぐに俺をどうにかしていれば、テオドロンは死ぬ事無く、ウルミリアと結婚していた筈なのに……」

直ぐに命を奪うと言う選択をしなかったのはせめてもの親心か。

「──はっ、地下牢に居た頃一度も顔を見せに来なかったくせにな……!」

テオドロンは、苛立ち紛れにソファの前にあるテーブルを足先で強く蹴飛ばす。

「中途半端な情けなどかけずに、直ぐに殺しておけば良かったんだ……!そうすれば、公爵家が滅びる事も無かった……!馬鹿な両親は、結局自分の子供達が入れ替わった事にも気付かず、復讐しか考えてない忌み子の俺に公爵家を潰されたんだ……!」

テオドロンはざまあみろ、と乾いた笑いを零すが、何故だか自分の視界がぶわりと滲んでいて、床にぽつぽつと黒い染みを幾重にも作って行く。

復讐になど心を支配されていなければ、平凡で、穏やかな幸せを送れただろうか?
自分の婚約者となったウルミリアと関係を改善して結婚したら、幸せになれただろうか?

「──無理だ」

テオドロンはポツリと呟くと自分の顔を両手で多い、蹲る。

「もし、そうした結果、ウルミリアとの間に双子が産まれたら……?」

殺せる訳が無い。
好きな女との間に出来た子供を、公爵家の習わしだと言って、殺すなんて事出来る筈がない。

きっと、今以上に自分は壊れて、兵を起こし王家を、王族を弑逆しようとするだろう。
そうしたら、自分の子供達は?ウルミリアはどうなる?
挙兵し、王族をどうにかしたとしても、公爵領に居るウルミリアと子供達はどうなる。
きっと、王家の派閥の貴族達が自分が居ない隙に挙兵してウルミリアと、公爵家の跡取りである自分の子供達を殺す。

「俺は……ウルミリアと出会ってしまった事が間違いだったんだ……っ」

何故、今回の復讐相手以外の家の者を始末したのか。
それは単純にウルミリアに手をかけようとしたからだ。
何故、ウルミリアが害されそうになっただけで復讐相手以外の者を始末したのか。そんなのは考えれば直ぐに分かる。
それなのに、気付かない振りをして、見ない振りをして現実から目を背け続けた。

ウルミリアの側に居続ける使用人を気に入らなかったのも。
その使用人に周辺を探られていると気付いても、何の対策もしなかった。
公爵家の過去が、呪いのような公爵家の歴史がウルミリアに知られても無理矢理計画を早める事をしなかったのも。



「結局、俺はウルミリアに止めて貰いたかったのか……」

ぽつり、とテオドロンの独り言は誰も居ない室内に虚しく響いた。

誰もテオドロンの言葉など聞く者などいなかったのだ。



それなのに、テオドロンの言葉に女性の声が返事を返す。

「あら、それならば今からでも止めて差し上げましょうか?」
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