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しおりを挟む侯爵家と、公爵家の当主同士が軽く挨拶をし食堂に案内されたウルミリア達は席へと着席する。
ジルはいつもと変わらず、ウルミリアの背後の壁際へと立ち何かが起きた時の為に直ぐに動けるように食堂の中、公爵家の使用人達の立ち位置、公爵家の人間の位置関係を確認して行く。
公爵が席に着き、食事を持ってくるように使用人達に指示をすると公爵家の使用人達がワゴンを引き、食堂へと入室して来る。
「二人が苦手な物がないといいのだが」
「お心遣い痛み入ります」
「ありがとうございます、好き嫌いはございませんので、お食事が楽しみです」
公爵の気遣うような言葉に、ウルミリアの父親とウルミリアも言葉を返す。
父親とウルミリアは公爵や、公爵夫人に向けて微笑みを浮かべると「普段通り」を精一杯装った。
その様子を背後から見つめながら、ジルは胸を撫で下ろす。
ウルミリアは普段と変わりない態度で接する事が出来ると思っていたが、些か侯爵に心配があった。
(旦那様は、隠し事をするのが大の苦手で大丈夫か心配してはいたが……問題無く過ごせそうだ……)
まだ食事は始まったばかりだ。
気を抜くのはまだ早いが、テオドロンも、公爵夫妻も何も気付いている気配は無い。
(このまま何事も無く時間が過ぎてくれるのを待つばかりだな……)
ジルは壁際に控えながら、そっと食堂にある窓から外へと視線を向ける。
この公爵邸に来る前は日が落ち始めているとは言え、まだ明るかったのだが今ではもう既に日は沈み外は暗くなり始めている。
ウェスターも、今頃は邸を出て夜会へ向かっている頃だろうか。
天気が悪いのか、空には沢山の雲がかかり、普段は煌々と輝く月を隠してしまっていて、月明かりが頼りない。
(馬の足が遅くならなければいいが……)
月明かりの助けを得て、近衛隊がこの公爵邸に駆け付けるだろう。
ウェスターが上手く手配したとは言え、恐らくこの公爵邸に到着するのにまだ時間は掛かるだろう。
その時間までラフィティシア侯爵家はティバクレール公爵家の要求に頷いてはならない。
要求を飲んでしまえば、テオドロンはそれを逆手に取り、ウルミリアを無理矢理巻き込もうとするだろう。
上手く逃れ、時間を引っ張り、この場に居るテオドロンを近衛隊に引き渡すのだ。
「そう言えば、ウルミリア嬢は先日テオドロンと共に街へ行ったみたいだね。二人で楽しめたかな」
公爵が微笑ましい物を見るように瞳を細めてウルミリアと、テオドロンに視線を向ける。
視線を向けられたテオドロンは、自分の口元を布ナプキンで拭ってから自分の父親である公爵に向かって唇を開く。
「──ええ。先日ウルミリアと共に宝石店と、今学園の生徒達の中で人気のカフェに行きました。ウルミリアが、宝石や装飾品は婚約式の時にと遠慮したので贈れませんでしたが……」
テオドロンからチラリ、と視線を向けられウルミリアも微笑みを浮かべながら唇を開く。
「そうですわね……。特別な時でもないのに、贈って頂くのは何だか申し訳なくってご遠慮したのですが、テオドロン様が気にして下さってその後人気のカフェに連れて行って下さったのです」
「そうかそうか。ウルミリア嬢も遠慮などせず、今後は欲しい物があればいくらでもテオドロンに言ってくれ」
「ふふ、ありがとうございます」
ウルミリアは、笑顔で公爵に向かって当たり障りの無い返答をするとグラスに注がれている水を一口含んだ。
その後、特にテオドロンと会話をするでも無く穏やかな表情を浮かべ、公爵家から婚姻式の話やテオドロンとの今後の話に発展しないように会話に注意しながら世間話をして行く。
ウルミリアの父親である侯爵は、予めウェスターとウルミリアに聞かれた事以外に自分から話を振らないようにと言われていたからか、積極的に話に加わらない。
テオドロンは、ウルミリアに対して婚姻式の話をしたいような雰囲気だが、公爵自身がその話を切り出さない為、自ら先に切り出す事が出来ず歯噛みしている。
それを分かっているのか、ウルミリアは公爵や夫人とそれとなく街中で流行っている演劇の演目や、ドレスの流行り物について話を振りそれとなく核心に触れられないように気を付けて話す内容を誘導している。
食事が、食後のデザートに差し掛かった頃。
そろそろウルミリアとテオドロンの今後の話をするにはいい頃合になって来た頃、公爵が「さて」と小さく声を零し、布ナプキンで自分の口元を拭っている。
そろそろ、逃げ続けるのは難しいか、とウルミリアも父親も感じた頃。
ジルの耳に、この公爵邸に近付いて来る複数の馬の蹄の音が聞こえた。
まだ距離は遠いいが、もう間もなくこの邸に到着するだろう。
ジルは、壁際に控えていた体勢から一歩、ウルミリアの元へと近付いた。
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