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公爵家の使用人に、サロンまで案内され、ウルミリアとジルはサロンへと入室した。
使用人がお茶の準備をする中、ジルは手持ち無沙汰のようにそわそわとしていたが、ウルミリアに自分の隣に座るよう指示されて、ジルは躊躇いがちにウルミリアの隣へと腰を下ろした。

「このような様子を、テオドロン様に見られたら……」
「声を潜めて話すには仕方がないわ。テオドロン様が戻って来る前に、離れればいいのよ」

ウルミリアは、ぐっとジルの方へと体を寄せて居心地悪そうにしているジルに向かってそう話す。

(ウルミリアお嬢様は、テオドロン様の気持ちを知らないからそのような呑気な事を……)

テオドロンの、あのウルミリアへ向ける視線を知らないから。
自分を射殺すように見つめるあの視線を知らないからだ。

(存外、テオドロン様は執着心がお強い方だ……)

その執着が、今までは王家やほかの貴族への復讐心に向いていたからいいが、その執着心がウルミリア個人に向けられたらたまったものではない。

(今更、ウルミリアお嬢様を想うなんて許されない……テオドロン様にはあれだけウルミリアお嬢様と関係を修復する時間もあったのに、それをウルミリアお嬢様も望んでいたのに自ら跳ね除けたのはテオドロン様だ)

だからもう、余計な事はしないで欲しい。
余計な感情を覚えないで欲しい。

ジルは、ここ最近テオドロンの感情の揺らぎにばかり意識がいってしまう。
今はそれ以上に大事な事があると言うのに、ウルミリアに手を伸ばされるのがとても気に食わないのだ。

「──ジル?……ジル!」
「……っ、!はい!」

ウルミリアから少し強めに自分の名前を呼ばれて、ジルは背筋を正すと呼び掛けに返事を返す。

先程までお茶の準備をしていた公爵家の使用人は、準備が終わった後いつの間にかサロンから退出していたようで室内に姿は見当たらない。

「ジルなら、サロンに近付く気配があれば分かるでしょう?もし人が近付いて来たらお互い適切な距離に戻りましょう」
「畏まりました」
「それで……、ここへ来る道中、テオドロン様とお話したのだけれど……」

ウルミリアは、声のトーンを潜めてジルにだけ聞こえるように小声で話始める。
ここまで近付かなくても大丈夫なような気がするが、ジルはそれを指摘しない。
外に話し声が漏れてしまうのを防ぐにはウルミリアに近付くのも仕方ない。

ジルは、ウルミリアから話されるテオドロンとの会話内容を聞いて、考え込むように視線を下に落とした。

「──ご両親のお話をされたら、そのような態度に……?」
「ええ、そうなの。まるでご両親……公爵様と夫人を嘲るような、そんな表情だったわ。その後に何か呟いていたのだけれど、それがちょっと聞こえなくて……」
「嘲るような態度……」

テオドロンは公爵家に生まれてからそれはもう大切に大切に育てられたのだろう。
ウルミリアとの初めての顔合わせの時。
テオドロンの言葉に、公爵本人と、夫人はテオドロンを注意はするが強く当たる事は無かった。
その後も、何度もウルミリアの父親である侯爵本人からテオドロンに関して苦言を呈した事もあるが、それを苦笑いで聞き流していたと聞いた事がある。

大事な跡継ぎとして甘やかされて育った、と言うには違和感がある。
テオドロンの行動に、公爵と夫人が強く出れないような違和感。
それは、公爵家の歴史からテオドロンの両親がそう言った態度になるのは納得出来るが、何故テオドロンは自分の両親に対してそのような態度を取るのか。

ただ、甘やかされて育ち、我儘に育った訳ではない。
そう言ったものとは根本的に違うのがジルには良く分かった。

貴族の生まれで、公爵家の嫡男で、綺麗な物しか見て来なかった筈のテオドロンが抱くような感情ではないような気がする。
自分のように、底辺を味わったかのような、見たく無かった人の醜さを味わった者だけが知るような感情──。

そこまで考えて、ジルは思い付いてしまった考えに、否定するように頭を振った。

「──まさか……。そんな事はない筈……」
「ジル……?」

ぽつり、と呟いたジルの言葉にウルミリアは不思議そうにジルに問い掛ける。

ジルは、隣に座るウルミリアの顔を見て確信する。

(そうだ……本来の貴族との違い……)

だが、いくら否定してもそれが「正解」のような気がしてくる。
テオドロンは、普通の貴族のような顔付きではない。
気高さや、貴族としての誇り等を胸の内に抱えていない。

テオドロンの瞳は、いつも仄暗く誇りや気高さとは真反対の色を抱えている。
かつての自分のように。

ジルは、ウルミリアに視線を戻すと震える唇でぽつりと一言零した。




「テオドロン・ティバクレールは……存在しますか……?」
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