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しおりを挟むテオドロンは、昨夜の事を思い出しながら中庭を学園の屋内へ向かう為に歩いて行く。
(何の事だか分からないだろうな──)
テオドロンは、中庭に残して来た自分の婚約者であるウルミリアと、ジルの方へとそっと視線を向ける。
最近、ウルミリアと共に居る事が増え周囲の生徒達もテオドロンとウルミリアはこのまま結婚するのだろうと思っている。
(ああ、するさ。それが一番の目的だったのだから)
そして、婚姻式を上げそのまま王家へ謀反を起こす。
少し王家を揺さぶってやればいい。
公爵家が今まで受けた仕打ちを、面白おかしく新聞社に売ってやればいい。
その証拠はたっぷりとある。
そして、愚かな公爵と公爵夫人にも大事な大事な息子はもうこの世の何処にも居ない事を、絶望を味わわせてやればいい。
(共倒れにしてやる……。その為だけに俺は今まで生きてきたんだから)
テオドロンは、そう強く考え脳裏にチラつくウルミリアの顔を無理矢理消し去った。
今から十八年前、テオドロン・ティバクレールはティバクレール公爵家の嫡男として生まれた。
生まれてきてしまったが為にこの世を幼い頃に去ってしまった。
公爵家に、ティバクレール公爵家にさえ生まれて来なければ今も尚、この世の中に生きていたかもしれない。
真っ直ぐで、純粋で、人を疑う事など無く素直に育った少年だった。
その少年と同じ日に生まれ落ちた存在が、まさか自分の家の地下牢に繋がれている等微塵も考えつく事がないような純朴な少年だった。
幼少期はやんちゃな性格だったのだろう。
使用人の目を盗んで邸の至る所を探検するのが好きだった。
至る所に潜り込み、使用人達を慌てさせていたそうだ。
そして、好奇心旺盛だったせいで幼少期のテオドロンは公爵家の闇の部分に触れてしまった。
普段とは違う雰囲気の場所。
薄暗くて、寒くて、冷たい雰囲気のある場所に辿り着いた、迷い込んでしまったと言った方がいいだろう。
テオドロンは、その場所に辿り着いてしまった。
「──え……?僕と同じ顔?」
テオドロンは、自分とそっくりな容姿をした同じ年頃の少年が恐ろしい場所に繋がれているのを見付けてしまった。
地下牢に繋がれた少年は、何も言葉を発さず、ただただじっとテオドロンを見つめ返すだけで、怖くなったテオドロンは直ぐ様その場所から逃げるように戻って行った。
幼いテオドロンにも、鎖で繋がれている人は「悪い人」と言う分別があったらしい。
だが、自分と同じ年頃の少年が何故あのような場所に、と言う好奇心の方が勝って、テオドロンはその後も何度も何度も少年が繋がれている地下牢へと入って行ってしまった。
度々姿を消すテオドロンに、使用人達は必死になって邸内を探していたが、何事も無く戻って来るテオドロンに使用人達は深く追求しなかった。
使用人達が追求していれば。
テオドロンをもっとしっかり見張っていれば。
そうすれば、大事な大事なティバクレール公爵家の嫡男が亡くなると言う事は起きなかったのに。
「君は、どんな悪い事をしてしまったの?」
「──分からない」
テオドロンが何度も地下牢に行く度、その少年に話し掛け、絵本を持参した事から地下牢に繋がれた少年は少しづつ言葉を覚えて喋る事が出来るようになった。
会話が出来るようになって、テオドロンは楽しそうに少年と会話をするようになる。
自分の両親の事。
家のお手伝いさん達の事。
自分自身の事。
少年は恐ろしい程に頭の回転が早く、その年の子と比べ、状況把握に長けていた。
自分が置かれている状態がどれだけ異常な事かを察した少年は、ある日無邪気な笑顔でテオドロンに提案した。
「僕たち、顔も身長も同じだよね?面白いゲームをしてみない?」
少年の言葉に、テオドロンは瞳を輝かせて頷いた。
頷いてしまった。
「どんな事をするの?」
「入れ替わりゲームをしてみようよ」
「入れ替わり?」
テオドロンの言葉に、少年は笑顔で頷く。
「そう。少しの時間だけ、僕と君が入れ替わってみるんだ。これだけ僕達の姿が似ているからきっと誰も気付かないよ。入れ替わりがバレてしまったら僕の負け」
「ふーん……。面白そうだね」
「ああ。でも、僕はこの部屋に繋がれちゃってて外に出れない……。この部屋の隅にちっちゃい扉が付いた場所があるでしょ?そこに、この鎖を外す鍵がある筈なんだ。持ってきて貰ってもいい?」
「──うん!いいよ!」
少年は鎖で繋がれ、移動出来る距離が限られている。
テオドロンは何度もここに訪れ、少年と話している内に警戒心を無くしてしまったのだろう。
快く頷くと、少年が言った場所へと駆けて行った。
テオドロンが戻って来ると、その手には鎖の施錠を解く鍵が小さな手に握られている。
その鍵を視界の隅に捉えながら、少年は悲しそうな表情を作って更にテオドロンに向けて唇を開く。
「──あっ、でも僕……こんなに汚れてるからすぐにバレちゃうかも……」
「そっか、すぐにバレちゃったらつまらないもんね……どうしよう……」
「そうしたら、次に君が来る時に濡らしたタオルを何枚か持ってきて貰ってもいい?後は、鋏も!髪の毛も切って、君と同じ長さにしないと!」
「そうだね!そうしよう!」
テオドロンは、少年の言葉に楽しそうに頷く。
次来た時にこのゲームをやろう、と約束をしてテオドロンは戻って行く。
いつも、この場所で話す事が出来るのはせいぜい一時間程だ。
長い間姿を消してしまうと使用人達がテオドロンの両親に報告してしまう。
少年は、戻って行くテオドロンの後ろ姿をじっと見つめながら入れ替わった際の情報収集について、必死に思考を巡らせた。
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