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しおりを挟む──デカい、ネズミ。
由緒正しい公爵家の嫡男が使用するには、些か乱暴な物言いに、ウルミリアはぎくり、と表情を強ばらせる。
テオドロンの声音には分かりにくいが、僅かに怒気が篭っていて。
ウルミリア達が居る場所に来てわざわざそう言葉にしたと言う事はその「ネズミ」の招待に勘付いているのだろう。
ジル本人はしらっとした表情を浮かべながら、呑気にテオドロンの分のお茶を用意している。
アマルも、緊張感に満ちた空気のこの場所でなんて事のないようにテオドロンの分の昼食を用意している。
何て手際が良いのだろうか。
テオドロンがウルミリアの隣に座ってから僅かの間に瞬く間にお茶と昼食の追加を用意している。
(ジルも、アマルも落ち着いているものね……。私が慌てても仕方ないわ)
ウルミリアは心の中でそう呟くと、自分の口の中がカラカラに乾いているのを潤す為にカップの中の紅茶を一口含み、口内を潤すとテオドロンに向かって微笑む。
「──あら、そうでございましたか。お忙しい中、私の元へ来て頂かなくても大丈夫ですわ。邸が心配でございましょう?色々な物を齧ってしまいますものね?」
「ああ……大丈夫だ。そのネズミはもう邸に居ない事が分かっているしな……。まあ半信半疑だったが、ウルミリアに会いに来ればネズミの行方も分かる」
うっそりと瞳を細めてそう話すテオドロンに、ウルミリアは微笑みを浮かべたままひっそりと冷や汗をかく。
侵入したのはジルだと言う事がしっかりと把握されている。
ジルは痕跡を残す何て真似をしない筈なのだが、何処でバレてしまったのだろう、とウルミリアは必死に頭を働かせる。
だが、バレてしまっているのはもう仕方ない。
学園でこうして話し掛けて来たと言う事はここで動くつもりはないのだろう。
邸への侵入を決定付ける証拠は見つからなかったのだろう。
それがあれば、この場でジルは捕らえられている。
そして、そのような事を命令した侯爵家も罰せられる。
(──侯爵家が罰せられたら公爵家にとっては良くないのかしら……?だから、強く捕縛に出れないの……?)
「まあ、私に会えばお分かりになるなんて……不思議なネズミもいらっしゃるのですね?」
「──ああ。僕もそう思うよ」
にこにこと笑顔を浮かべながら会話を続けるウルミリアとテオドロンは傍から見たら仲の良い婚約者同士に見えるのだろうか。
だが、実際はお互い腹の内を探りあっているような物だ。
笑顔を貼り付け、お互い牽制し合っている。
ネズミ──ジルが侵入した事が分かっている。
何の為に侵入したのか、そして、歴史書や手記が公爵家から消え去っている事にもう気付いているのか。
それを確認していたが為に、午前中は姿を見せなかったのか。
午後、この時間に姿を表したと言う事はテオドロンは全て知った上でこの場にいるのか。
テオドロンの表情からは読み取れない。
テオドロンは、自分に用意された紅茶に唇を付けると一口含む。
飲み下してから、カップをテーブルに置くとテオドロンはウルミリアへと視線を戻す。
「──何を見た」
「……っ」
テオドロンの常よりも低いその声音に、ウルミリアはピクリと肩を震わせた。
そのウルミリアの反応に、ある程度察したのだろう。
テオドロンは自分の額に手のひらを当てると小さく「全てか」と呟いた。
その様子に、何か嫌な雰囲気を感じたのだろう。
後ろに控えていたジルがウルミリアを庇うようにさりげなく二人の間に体を割り込ませ、紅茶を交換する。
「──そうか……残念だ、ウルミリア。無理矢理行動には移したく無かったのだが仕方ない……」
「──え、?」
テオドロンはそう言うと、テーブルに両手を着いてガタリと音を立てて立ち上がる。
「時期は早いが……もうこうするしかない。悔いるならば優秀なネズミを持った事を後悔するんだな」
良く分からない事を告げると、テオドロンはウルミリアとジルに背を向けて中庭を去って行ってしまう。
その場に残されたウルミリアとジルは、呆気に取られたようにお互い顔を見合わせると首を捻った。
テオドロンは、ウルミリアとジル達に背を向けて歩きながら心の中で舌打ちをした。
──失敗した
テオドロンの心の中はその一言のみ浮かんでは消え、浮かんでは消えて行く。
(──くそっ、役立たずの私兵共め……!簡単に侵入を許すなんて……。全員処分するしかないな)
邸の警備に当たっていた者達全員を処分する必要がある。
過去、公爵家に侵入しよう等と企てる人間が居なかったせいか、警備担当の私兵達が腑抜けていたのは本当だ。
ひと月に一度、テオドロンは自分への戒めの為に地下牢へと赴いていた。
それが、昨夜。
ウルミリアと街へ出掛けた後、邸に戻り、夕食を取った後にいつもの様に地下牢へと向かった。
そして、地下牢へ入った時の違和感。
明らかに自分以外の「誰か」が居た気配がある。
テオドロンは瞬時にその「誰か」の正体を頭の中で考える。
自分の両親達は有り得ない。
この場所には一切たりとも近寄らない。この場所の事等忘れたいのだ、あの人達は。
それならば、興味を持った公爵家の使用人達だろうか?
いや、それも有り得ない。
そのような使用人達は全員処分して来た。
今、公爵家で働く使用人達にここ数年新人は居ない。
テオドロンは、ジャリ、と靴底で地面を鳴らしながら壁際へと近寄って行く。
「それならば、考えられるのは外部の人間──……最近ティバクレール公爵家を探っていたのはあそこだけだ……」
婚約者の家に、この公爵家の呪いが知られたのであれば悠長な事はしていられない。
さっさとウルミリアを公爵家に入れ、王家に対して謀反を起こさなければ。
「筆頭公爵家と、ラフィティシア侯爵家が潰れれば、国は混乱に陥る。他国からの侵攻も起きるだろう」
テオドロンはそう呟きながら、壁際に記された掠れた文字を指先でなぞりながら呟いた。
「なあ、そうだろ……テオドロン……」
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