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一人息子、と言う言葉に矛盾が生じる。
それならば、何故あの地下牢は長くてもここ十数年の間に使用された形跡があるのだろうか。

その答えは恐らく一つしかない。

(テオドロン様には、もしかしたらもう一人兄弟がいたのかもしれない……)

男性か、女性かは分からないがそう考えれば辻褄が合う。

ウルミリアがそう考えていると、ウルミリアの兄であるウェスターが表情を歪めながら自分の父親に向けて唇を開いた。

「父上、それならばやはり早くウルミリアとテオドロン殿の婚約を解消した方がいいです。テオドロン殿が何を考えているか、詳細は分かりませんが、このままではラフィティシア侯爵家も巻き込まれ、ティバクレール公爵家と共倒れしてしまう可能性があります」
「──分かっている……、分かっているのだそれは……。今は公爵家からの返答待ちだ……。婚約の解消についての話し合いを求めている。申し出を断るにも、一度顔を合わせて話をする時間が必要なのはあちらも充分承知の筈だから待て……」

話し合いで上手く解決するだろうか。
テオドロンが、大人しく引き下がるだろうか。

ウルミリアは一抹の不安を覚えたが、このまま話し合っているだけでは解決は出来ない。

(──テオドロン様と話してみるのも手なのかしら……)

上手く話せるかどうか分からないが、このままでいい訳は絶対に無い。
ウルミリアは、明日も変わらずテオドロンが迎えに来た際に話をしてみよう、と考えた。








翌日。
今までのように学園に向かう際、今日もテオドロンが迎えに来ると思っていたウルミリアはジルとアマルと共に侯爵家の門前で待機していた。

「──本日は、遅いですね……」
「ええ、そうね。何かあったのかしら……」

ウルミリアの隣で、同じくテオドロンを待っていたジルが自分の懐から懐中時計を取り出し時間を確認している。

今までであれば、この時間には公爵家の馬車が門前に姿を表していたのだが、今日は一向に姿を表さない。

馬車で向かっている際に何かあったのだろうか。
それとも、今日は侯爵家に迎えに来ないのだろうか。

ウルミリアが考えていると、隣に立っているジルがウルミリアへ話しかけてくる。

「ウルミリアお嬢様……、そう言えば昨日はテオドロン様とどんなお話をされたのですか?何故、テオドロン様はウルミリアお嬢様を街へ?」
「え?あ、ああ。そうね、昨日のテオドロン様は何故か私に贈り物をしてくれようとしていたわね。それに、今学園で話題になっているカフェに連れて行ってくれたわ……。それでカフェでこれ以上何を望むのか、と……」
「──?どう言う事でしょうか?」

ジルの言葉に、ウルミリアは昨日の事を思い出しながら説明する。

「テオドロン様は、私との婚約を続けたいみたいだったわ。それで、公爵夫人になればこれら全てが手に入る、と色々魅力をお話下さったけれど、私がどれも興味無いとお答えしたら信じられない物を見るような目で見られたわね……。混乱……いえ、戸惑っていたみたい」
「──なるほど。公爵家としてはどうしてもウルミリアお嬢様が……いえ、ラフィティシア侯爵家との婚姻は必ず必要なものなのですね……。公爵家の歴史書と、手記を確認する限りこの婚約は本当に王家の命なのかも怪しい所ですね」
「──ええ。今となっては、と言う感じではあるけれど……」

ウルミリアが溜息を吐き出すのを横目で見ながら、ジルは考え込む。

(だが、あの時のテオドロン様の目は……)

ジルがウルミリアを迎えに、カフェに入った時。
ウルミリアを追おうとテオドロンが個室の扉から顔を出していた。
そして、ウルミリアが階段から落ちそうになっていた所をジルが抱き留めた時。

あの時のテオドロンの視線を思い出して、ジルは嫌な予感に気分が滅入ってくる。

(──今更、止めてくれよ……。頼むからこのまま自覚なんてしないでくれ)

あの視線は、今までウルミリアに向けていた視線とは違った。
ジル自身、ウルミリアを恋慕っているからこそ分かる。
あれは、同族の目だ。



ウルミリアに対して、自分と同じ感情が芽生えている事にジルは気付いてしまった。

だが、それをテオドロンは認めないだろう。
自分の目的の為にウルミリアに執着している、欲していると勘違いしていて欲しい。
きっと、テオドロンは自分では気付かない筈だ。

(俺が、テオドロン様を刺激しなければ──)

ジルはそう考えるが、そう上手く行くだろうか。
今までも何かとテオドロンはジルに突っかかって来る事が多かった。
当たりが強かったのだ。

ウルミリアに一番近いジルを、無意識に敵視していたのかもしれない。




「──ウルミリアお嬢様、これ以上テオドロン様をお待ちしていると学園に遅刻してしまいますね」
「そうね……。行きましょうか」

ジルは、開いていた懐中時計をパチンと閉じると、ウルミリアと共に馬車へと向かって行った。








学園に到着して、授業が始まってもテオドロンは教室に姿を表さなかった。

ウルミリアは、何があったのだろうか、と少しだけ気になったが昨日、テオドロンと意見が合わなかった事や、公爵家の歴史を知ってしまい上手く以前のようにテオドロンと接する事が出来るか不安だったのもあり、テオドロンの姿が見えない事に安堵していた。

逃げ続ける事は出来ないし、きちんとテオドロンと話を付けなければいけない事は理解している。
だが、テオドロンの姿が無く、ジルと共に学園で過ごしていると、何も知らなかった時のように過ごす事が出来て少しだけ気持ちが楽になっていた。

そうして、昼食の時間。
アマルを迎えに行き、ジルとアマルを伴い学園の中庭で三人でお昼を食べている時に、テオドロンが姿を表した。

ウルミリアが座るカフェテーブルの空いた席に突然腰を下ろし、テオドロンが姿を表したのだ。

「──っ、テオドロン様……」

ウルミリアが驚きに目を見開き、テオドロンへ視線をやれば、テオドロンはウルミリアでは無く、ジルをじっと見つめながら嘲るように口端を持ち上げる。



「公爵家にデカいネズミが入り込んだせいで学園に来るのが遅れてしまった……。迎えに行けずにすまないな、ウルミリア」
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