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馬車に揺られながら侯爵邸に戻る最中、ジルが得た情報の報告をウルミリアは聞いていた。

「昨日、テオドロン様の公爵邸に侵入した際に、書斎を見つけそこを再度確認する、と言う事で本日はウルミリアお嬢様のお傍を離れましたよね」
「ええ、そうね。しっかり確認出来たかしら?」
「──ええ。知りたくもない情報まで出てきてしまい、気分が悪いです……」

ジルの言葉に、ウルミリアは心配するように視線を向けると座っていた体勢から僅かに腰を上げてジルの額を気遣うように自分の手のひらでそっと撫でる。

「──大丈夫?本当に顔色が悪いわね……一度も邸に戻って休まなかったの?」
「着替えに戻りましたが……ウルミリアお嬢様がテオドロン様と共に過ごしていると報告が上がっていたので、直ぐに街へ向かいました」
「ええ……。それだったら、他の侍従に任せても良かったのよ?無理して来るものでもないわ」
「ウルミリアお嬢様がテオドロン様と共にいると言うのに、私がお迎えに向かわない事など有り得ません。テオドロン様から直ぐに離れて頂きたかったので」
「あ、あら……そう……」

真剣な表情で見詰めてくるジルに、ウルミリアは恥ずかしそうに視線を逸らすと馬車の座席に戻る。

(こ、この間から何だかジルの態度が……勘違いしそうになってしまうから辞めて欲しいわね)

ウルミリアは瞳をキョロキョロと彷徨わせると、口元がむずむずしてきてしまう。
長年共にいる侍従から、何か「主人として」向けられていた視線に変化が生じているような気がする。
むず痒くなるようなその感覚を何とか咳払いをして誤魔化すと、ウルミリアは「それで」と言葉を零す。

「ジルは、一体テオドロン様の……いえ、公爵邸で何を見たの……?」
「……これを」

ウルミリアの言葉に、ジルは懐から何冊かの革製のカバーが付けられた手帳のような物を取り出すと、ウルミリアへ手渡す。

受け取ったウルミリアは、その手帳のようなものをしげしげと見詰めると不思議そうに唇を開く。

「──手帳、かしらね?」
「……いえ、歴代当主の手記、のようです」

ジルの言葉にウルミリアは驚いたように瞳を見開くとその手記に落としていた視線を上げてジルを見詰める。

「──手記……!?過去の公爵の手記なの、これは……!?そんな大切な物、持ってきても良かったの?」

これがここにあると言うのが知られると不味い事になるのではないか。
その危険性を感じて、ウルミリアは顔色を悪くするが、安心させるようにジルは首を横に振った。

「──いえ……。まるで隠されるように、捨てられた物のようにその手記は朽ち果てた本棚に粗雑に放置されておりました。私も、内容を確認する前は公爵邸から持ち出す物ではないと思っていたのですが……旦那様とウェスター様に意見を聞きたく、持ち出しました」
「これがテオドロン様や、現公爵に知られてしまったら……」
「中に書かれている内容から、ウルミリア様の侯爵家は……王室から敵視される可能性がございますね……」

王室?
何故、今この流れでこの国の王族の話が出てくるのだろうか。
それに、何故王室と言う表現をするのだろうか。
王族全体に関わる事項なのだろうか、とウルミリアは混乱する。

今まで感じていた違和感。
テオドロンの不可解な行動。
それの答えが、この手記にあるとでも言うのだろうか。

ウルミリアは、その答えを確認するのが恐ろしく感じてしまう。
これを確認したら、もう後戻りが出来ないような気がして、今までの日常が壊れるような気がして、手記を持つ自分の手が震えてくる。

そのウルミリアの気持ちを察しているのだろうか。
ジルは、震えるウルミリアの手のひらを自分の手のひらでそっと包み込むと安心させるように微笑む。

「──ウルミリアお嬢様には、少し衝撃的な内容が書かれているかと……。旦那様や、ウェスター様達が居られる場所で一緒に確認致しますか?公爵邸から他にも持ち帰った歴史書がございますので、その確認と共に致しますか?」

気遣ってくれているのだろう。
ジルは、逃げ道を用意してくれる。
それだけ、重い内容が記載されているのだろうか。

ウルミリアは無言で首を横に振ると、開いていた瞳を一度閉じ数秒間そのままの姿勢で気持ちを落ち着かせる。

ジルが共に居てくれているのであれば大丈夫だ。
心強い侍従が側に居てくれている。

ウルミリアは、瞳を開くとしっかりとその手記を見詰めて、そしてゆっくりと表紙を開いた。





その手記には、表紙を捲った次のページには自分の子供への懺悔や、王室への憎しみ、そして精神的に狂っていく様が記載されていた。

それは、公爵家三代目当主の懺悔の手記だった。



「忌避の、存在──?」

ウルミリアは、震える筆跡で記載された過去の公爵の文字を、信じられない思いでなぞった。
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