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ジルが迎えに来てくれると言うのであれば、安心だろう。
ウルミリアはそう考えると、自分の返事をじっと待つテオドロンへ微笑みを浮かべてこくりと頷いた。

「──畏まりました」




学園の馬車停めに二人並んで向かいながら、表面上は微笑みを浮かべ歩いていると、ウルミリアの隣を歩いていたテオドロンが笑みを浮かべたままさらりと言葉を零す。

「街へ行くなら行くと、さっさと答えればいい物を……何を迷う必要がある?」
「──まさか、本当に行かれるとは思っておりませんでして……ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません」
「君の言葉には全く感情が篭っていないな?」
「あら、テオドロン様こそ……」

ふふふ、と楽しげに笑い声を上げて会話をする二人は、傍から見たら仲睦まじい婚約者同士に見えてしまうのだろうか。
貴族として、最低限の礼儀を持ってテオドロンへ接しているウルミリアからしたら、仲睦まじく見えていると言うのはとても面白くない。

いっその事、修復不可能と思われる程仲が悪く見えていればいいのに、とついつい考えてしまう。

「君は……本当に何がそんなに不満なのか……全く理解出来ないよ」
「……はい?」

テオドロンの嘆息と共に、聞こえてきた台詞にウルミリアが言い返そうとした所で、馬車に辿り着いてしまった。

(何が不満か?それが分からない、って言ったの……?テオドロン様は……?)

テオドロンから差し出された手のひらに、ウルミリアは自分の手を重ねて馬車のステップに足を掛ける。

テオドロンは今までの自分の行いを全て忘れているのだろうか。
初対面の時に失礼な言動をした事も、婚約者となってからの自分の行いも、最近の発言も。

お気楽なものだ。

ついついウルミリアはそうぼそりと呟いてしまう。
公爵家の自分がまさか婚約を無かった事にして欲しい、等と言われるとは思っていないのだろう。いや、実際そう思っていたのだろう。
公爵家へ迎えると言う言葉にも直ぐに頷くと思っていたに違いない。

(──あら?だから、今になってこうして共にいる時間を増やしているのかしら?テオドロン様は説得でもなさるつもり?)

そう考えれば納得がいく。
だからこそ、昨日今日と説得しようと共に過ごしているのかもしれない。

肝心のテオドロンからは説得のせの字も出ていないが。



ウルミリアが馬車に乗り込み、次いでテオドロンが乗り込むと、馬車の扉が閉まり動き出す。

いつも帰宅するルートから外れているので、本当に街へ向かうつもりなのだろう。

ジルが迎えに来てくれるのがいつ頃、どの場所では分からないが、街に長居する事はないだろう。
馬車で邸に戻るには、一時間程時間が掛かる。
遅くなりすぎると夜になってしまう。貴族街とは言え、夜になればお店も閉まり始め、お酒を扱うお店が多くなる。
治安は良い方だとは言え、あまり遅くなるのは帰宅する際にも危険が伴う。

(街に着いても、ほんの少しの時間で解放されそうね……)

ウルミリアは、同じ馬車内に居るテオドロンの姿を盗み見る。
テオドロンは、こちらを見向きもせず、会話をするつもりもないのだろう。
窓の外をじっと見詰めている。






馬車が止まり、テオドロンが先に馬車から降り立つ。
行きと同じく、テオドロンの手を借りて馬車から降り立つと、ウルミリアは街並みを眺める。

(最近、あまり街を散策していなかったけど……まさかテオドロン様と一緒に来る事になるとは……)

何処に行くつもりなのだろうか。
ウルミリアがじっとテオドロンを見つめていると、ウルミリアの視線に気が付いたテオドロンは、「こっちだ」と行先が決まっているかのように歩き出した。

歩幅は合わせてくれるが、特にウルミリアと会話をするつもりは無いのだろう。
後ろを着いてくるウルミリアを時たま確認するだけで、歩みを止める事は無い。

お互い無言で、歩いて行くとある店の前でテオドロンがピタリと足を止めた。

繊細な細工が施された綺麗な扉を開けて、テオドロンがウルミリアが中に入るのを待っている。
ウルミリアは、テオドロンに一言礼を告げると、戸惑いながらその店へと足を踏み入れた。

(──宝石店……?何故……?)

テオドロンから、誕生日等の時に宝石が加工された装飾品を何点か贈られた事がある。
それ以外では特に贈られた事が無いので、何故今日、このタイミングで宝石店にテオドロンがやって来たのかが分からず、ウルミリアは訝しげる。

「──学園を卒業したら君は公爵邸に嫁ぐだろう。その前に、卒業時は卒業パーティーがある。パーティーの時に使用する装飾品を贈るから選ぶといい」

テオドロンの言葉に、ウルミリアは「え……」と小さく声を漏らしてしまう。
今まで、特に自分の好みを聞かれた事等無いし、誕生日の日にテオドロンから侯爵邸に贈り物が届くだけだった。
こちらの希望も何も聞いた事が無く、ただ義務でしか贈り物を貰った事が無かったウルミリアは戸惑いに瞳を見開いた。

「──いつものように、テオドロン様がお選びになった物で構いませんが……」
「それだと君の好みが分からない。自分が欲しい物を選べばいい。どれを選んでも構わない」

テオドロンは、興味無さそうにケースの中に飾られた装飾品を眺めながら、ウルミリアに告げる。

(一体、テオドロン様に何が起きているの……?)

今更こちらの意見を聞こうとしないで欲しい。

「──お気持ちは嬉しいですが、今決める、と言うのは……当日のドレスの色などにも合わせたいですし……」
「──それもそうか」

そもそも、卒業時にはテオドロンとの婚約は解消しているかもしれないし、とウルミリアは心の中で付け加える。
婚約者で無くなった男性から贈られた装飾品を身に付けるのは流石に……とウルミリアはそっと視線を逸らす。

「ですので、またの機会で大丈夫ですわ。ありがとうございます。……ご用はこちらだけですか?それでしたら、そろそろ……」
「──まだある。次は他の店に行く」

ウルミリアが別れの挨拶をしようとした所で、テオドロンはウルミリアの言葉に自分の言葉を被せると、ウルミリアの手首を掴んで宝石店から出るように出口に向かって歩いて行く。

(え、ええ?何ですの、一体……?)

ウルミリアが混乱している内に、テオドロンは店を出ると、街中へと向かい歩き出してしまった。

先程と違うのは、しっかりとウルミリアの手を掴み、歩いて行った。
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