37 / 68
37
しおりを挟む「──え、えぇ……っ!??」
ウルミリアは、自分をぎゅうぎゅうと抱き締めて来るジルに、目を白黒とさせながら頬を染める。
混乱するウルミリアを気にもせず、ジルはウルミリアを抱き締める力を強めると、縋るように自分の胸にウルミリアの頭を抱え込む。
「ウルミリアお嬢様……、駄目です、あの公爵家は駄目です──……っ」
「ジル……?」
「お願いします。嫁がないって言って下さい……あんな、あんな事を隠している公爵家にウルミリアお嬢様が嫁いだら不幸になる……っ」
「あんな事……!?ちょ、ちょっと待ってジル。離してっちゃんと話しましょう」
「駄目です、ウルミリアお嬢様、駄目です……っ」
ジルの様子がおかしい。
ウルミリアは、自分を抱き締めるジルの腕が震えているのに気が付くと、ちらりとジルの腕の中から何とか顔を上げると、ジルを見上げる。
ここまで取り乱した姿を見た事が無かったウルミリアはジルの様子に戸惑うが、恐怖心なのだろうか。ジルの体が小刻みに震えていてウルミリアはそんなジルの背中を慰めるように何度か優しく摩る。
「ジル、落ち着いて。何が何だか分からないわ。先ずは落ち着きましょう?」
「──っ、」
ウルミリアが何度か背中を撫でていると、ジルの体の震えが収まってくる。
収まるにつれ、ジルの腕の拘束は弱まって来てはいるが、今度はしっかりと理性を取り戻したのだろう。ウルミリアを抱き締める腕の力は緩んだが、それでもウルミリアが逃げ出せるような力の抜き方ではなく、ジルの態度から「離して貰えそうにないわね」とウルミリアは諦め混じりに溜息を付いた。
「──アマル」
「はいいっ」
ウルミリアから名前を呼ばれて、部屋の隅で顔をそっぽに向けていたアマルがウルミリアの呼び掛けにびくり、と体を震わせて返事を返す。
その様子が見えたウルミリアは、苦笑しながら「ジルの分のお茶も用意して貰える?」とアマルに対してお願いをした。
ウルミリアの言葉に、素早く動き出したアマルを横目で見ながら、ウルミリアは未だ自分を抱き締めるジルを腕の中から見上げる。
先程とは違い、ジルはウルミリアの髪の毛に自分の顔を寄せていて表情を伺えない。
(さっきは、ジルの態度に驚いたけれど……落ち着いて来たらこの状態はとても恥ずかしいわね……)
いつもジルが身に付けている侍従の使用人服とは違い、体型にフィットした薄手の影用の服装の為、ジルからじんわりと伝わる体温にそわそわとしてしまう。
「──ジル、取り敢えず離して……。もう落ち着いたでしょう?」
「……いえ。まだ混乱しています。もう少し……」
「貴方、それ嘘でしょう?もう落ち着いているわよね?そうよね?」
ウルミリアは自分の頬が赤く染まっているだろう事を自覚しながら、ジルに離すよう背中をペシペシと軽く叩く。
それでも、ジルは「あともうちょっとだけです」とボソボソ呟きながらウルミリアを離そうとはしない。
「このままでは埒が明かないわね……」
「……」
「アマル。オリバーに伝えてくれる?お父様を──……」
「っ、落ち着きました!もう落ち着きましたウルミリアお嬢様!」
ウルミリアが、自分の父親の名前を出すと先程まで自分を離そうとしなかったジルがバッと自分の両手を胸の辺りに上げて瞬時にウルミリアから距離を取る。
「申し訳ございません、ウルミリアお嬢様。落ち着きましたので、どうか旦那様だけは……」
眉を下げてそう懇願するジルに、ウルミリアは苦笑するとこくり、と頷く。
侯爵の名前を出しただけで、瞬時に反応し、自分から飛び退いたジルに苦笑してしまう。
それだけ、侯爵に恐怖心を覚えているのだろうか。
(まあ……。訓練相手になっているみたいだし……お父様にいつも完膚なきまでにのされているものね……、ジルは)
「正気に戻ったのなら、良かったわ。……話を聞きましょうか?」
「──はい」
ウルミリアがソファへと足を進め、ジルにも座るように促すと、ウルミリアの正面のソファにジルも腰を下ろす。
二人が座ったタイミングで、淹れたての紅茶をカップに注いだアマルは、二人の前にそれぞれ音を立てずに出した。
その後アマルは、ウルミリアから特に退出を命令されなかった為、ワゴンを扉付近まで持って行くとその場で待機する。
「──それで、ジル。貴方程の人がどうしてあんなに取り乱していたの?」
「それが……。公爵邸に忍び込む事に成功し、公爵邸の使われていなさそうな別棟に赴いたのですが……」
「ええ」
「……その場所の雰囲気がおかしかったのです。公爵家に居る者達から隠すように、隔離するように離された場所で……その一角で、地下に続く階段を見つけました」
「地下へ……?」
ジルの怯えるようなその口調に、ウルミリアは訝しげに眉を顰める。
地下、と聞くとなにやら不穏な雰囲気を感じるが、地下室と言うのは特に珍しく無い。
食品の備蓄庫として使用されたり、戦火に巻き込まれた際に避難する為にある程度大きな屋敷ならば地下室は備わっている。
ウルミリアは自分の暮らすこの侯爵邸にも地下室がある事を知っているし、ジルもその事を知っている。
侯爵邸では本類の保管場所として使用しているのが大部分だが、そこまで怯えるような何かがあったのだろうか。
ウルミリアがジルへ視線を向けると、ジルはウルミリアからそっと視線を逸らし、震える唇で続けた。
「あれは、あの場所は備蓄庫ではありません……何者かを……恐らく、監禁していた……そして、その場所で監禁された者は命を落としている……」
「──なっ」
公爵家で、そのような事が行われていたのか。
ウルミリアは、驚きに開いた口が塞がらない。
だが、ジルは更に言葉を続けた。
「しかも、それは……長い間……何度も繰り返されて来た痕跡が残っていました……っ」
ジルは、その場で何を見てきたのだろうか。
何かを目撃し、その現実を思い出し、自分の唇を手のひらで覆って、「劣悪な環境だ……」と絞り出すように震える声でそう呟いた。
27
お気に入りに追加
4,299
あなたにおすすめの小説
今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます
神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。
【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。
だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。
「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」
マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。
(そう。そんなに彼女が良かったの)
長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。
何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。
(私は都合のいい道具なの?)
絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。
侍女達が話していたのはここだろうか?
店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。
コッペリアが正直に全て話すと、
「今のあんたにぴったりの物がある」
渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。
「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」
そこで老婆は言葉を切った。
「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」
コッペリアは深く頷いた。
薬を飲んだコッペリアは眠りについた。
そして――。
アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。
「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」
※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)
(2023.2.3)
ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000
※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)
婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。
どうぞ二人の愛を貫いてください。悪役令嬢の私は一抜けしますね。
kana
恋愛
私の目の前でブルブルと震えている、愛らく庇護欲をそそる令嬢の名前を呼んだ瞬間、頭の中でパチパチと火花が散ったかと思えば、突然前世の記憶が流れ込んできた。
前世で読んだ小説の登場人物に転生しちゃっていることに気付いたメイジェーン。
やばい!やばい!やばい!
確かに私の婚約者である王太子と親しすぎる男爵令嬢に物申したところで問題にはならないだろう。
だが!小説の中で悪役令嬢である私はここのままで行くと断罪されてしまう。
前世の記憶を思い出したことで冷静になると、私の努力も認めない、見向きもしない、笑顔も見せない、そして不貞を犯す⋯⋯そんな婚約者なら要らないよね!
うんうん!
要らない!要らない!
さっさと婚約解消して2人を応援するよ!
だから私に遠慮なく愛を貫いてくださいね。
※気を付けているのですが誤字脱字が多いです。長い目で見守ってください。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
【完結】二度目の人生に貴方は要らない
miniko
恋愛
成金子爵家の令嬢だった私は、問題のある侯爵家の嫡男と、無理矢理婚約させられた。
その後、結婚するも、夫は本邸に愛人を連れ込み、私は別邸でひっそりと暮らす事に。
結婚から約4年後。
数える程しか会ったことの無い夫に、婚姻無効の手続きをしたと手紙で伝えた。
すると、別邸に押しかけて来た夫と口論になり、階段から突き落とされてしまう。
ああ、死んだ・・・と思ったのも束の間。
目を覚ますと、子爵家の自室のベッドの上。
鏡を覗けば、少し幼い自分の姿。
なんと、夫と婚約をさせられる一ヵ月前まで時間が巻き戻ったのだ。
私は今度こそ、自分を殺したダメ男との結婚を回避しようと決意する。
※架空の国のお話なので、実在する国の文化とは異なります。
※感想欄は、ネタバレあり/なし の区分けをしておりません。ご了承下さい。
えっ「可愛いだけの無能な妹」って私のことですか?~自業自得で追放されたお姉様が戻ってきました。この人ぜんぜん反省してないんですけど~
村咲
恋愛
ずっと、国のために尽くしてきた。聖女として、王太子の婚約者として、ただ一人でこの国にはびこる瘴気を浄化してきた。
だけど国の人々も婚約者も、私ではなく妹を選んだ。瘴気を浄化する力もない、可愛いだけの無能な妹を。
私がいなくなればこの国は瘴気に覆いつくされ、荒れ果てた不毛の地となるとも知らず。
……と思い込む、国外追放されたお姉様が戻ってきた。
しかも、なにを血迷ったか隣国の皇子なんてものまで引き連れて。
えっ、私が王太子殿下や国の人たちを誘惑した? 嘘でお姉様の悪評を立てた?
いやいや、悪評が立ったのも追放されたのも、全部あなたの自業自得ですからね?
【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました
あおくん
恋愛
父が決めた結婚。
顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。
これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。
だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。
政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。
どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。
※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。
最後はハッピーエンドで終えます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる