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しおりを挟むジルが侵入した部屋は、公爵邸の本館から渡り廊下で繋がっている東の端にある別棟のような場所だ。
普段から東の端の別棟にはあまり人気がないのだろう。
だが、渡り廊下には警備の者がおり、本館とこの別棟を定期的に見回っている様子だ。
この別棟の、ジルの侵入した場所の反対側には小さな庭園があり、普段からあまり使われていない場所にも関わらず手入れが行き届いており、流石公爵家だな、と素直に関心してしまう。
だが、その庭も定期的に警備の者が行き来しているのでこの別棟にもしっかりと警備の人員を配置しているのだろう。
「──だが……普段からあまり人の気配が無いこの別棟に、何故ここまでの警備をするんだ……?」
警備は、守るものがある場所に配置される。
だが、人の気配が普段から少ないこの場所で、一体何を警備するのだろうか。
何から、守るのだろうか。
「公爵家の人間からではなく、俺のような侵入者から守る為だろうな……。だが、本館とは違いここには普段から人があまり訪れない。そうすると、貴金属等では無いはずだ」
では何を、侵入者から守っているのか。
「動かす事が出来ない物がこの別棟にあるのか……?しかも、それがとても重要な物だからこれだけの警備を……?」
貴金属でもなく、動かせるような物ではない。
すると。
「隠し部屋がまさかこの別棟にあるとか、か……?」
信じられないが、だがそうである可能性が高いのだろう。
ジルは、部屋の外に気配が無いか、扉へと近付きじっと静止して探る。
扉の先は恐らく長い廊下があるだろう。
その廊下は渡り廊下と繋がっていて、その先には確実に警備の者が居る。
「静か過ぎるのがキツいな……」
周囲に物音が一切無い状態の方が逆に紛れにくい。
「この時間を狙ったのが逆に裏目に出てしまったか……」
それならば、とジルは室内の上の方へと視線を向ける。
天井裏に入り込み、移動する方が逃げやすいし、見つかりにくい。
「問題は、再度下に降りる時に見つからないように細心の注意を払わなければいけないな」
ぽつり、と呟くと、ジルは長く公爵邸に滞在するのは得策ではない、と考え急いで天井裏へと姿を消した。
天井裏への移動は驚く程簡単に進み、ジルは柱等の太い障害物を避けてスルスルと中心部へと移動すると、下にある廊下の気配を探る。
この場所ならば渡り廊下が繋がっている場所からは距離が離れている為、多少の物音位ではあちらまで音は響かないだろう。
ジルは廊下に人が居ない事を確認すると、天井裏から廊下へと音も無く降り立ち、この別棟の不気味な雰囲気にごくり、と喉を震わせる。
「……薄暗いな」
本館とは雰囲気がガラッと変わり、本当に必要最低限の人の手しか入っていないように感じられる。
掃除は行き届き、綺麗に保たれていて、灯りも最低限灯されているがこの普段、この場所は本当に使われる事は無いのだろう。
生活感と言うものがごっそりと欠如している。
本館との雰囲気の違いに、ジルは気味の悪さを覚えるが、一先ず手近にあった部屋のドアノブへと手を掛ける。
「──施錠はされていないのか」
ノブを捻ると、簡単に扉が開く事に僅かに驚く。
外からの侵入を警戒してはいるが、一度侵入が成功してしまえば、中を容易に探る事が出来てしまう。
それだけ、警備に自信があるのだろうか。あっさりと侵入を許してしまっているのに。
「まあ、俺には関係無い。ウルミリアお嬢様のお役に立てる物を探すだけだ。むしろ、好都合……」
そっと扉を開けてジルは、この公爵邸に侵入した時と同じように僅かな扉の隙間からするりと体を潜り込ませると、室内へと足を踏み入れる。
ふわり、と僅かに香る埃の匂いにこの部屋は本当に最低限の掃除しかされていないのだと理解する。
人がいない事を確認すると、ジルはスタスタと室内へと入り込み、部屋の中心で足を止めるとぐるりと室内を見回した。
「──以前は書斎のような場所だった、のか……?」
天井高く設置された本棚には、未だに半分程書物が残されており、ジルは本棚に近付くとその中から一冊抜き出してパラパラと本を捲る。
「歴史書、か……?」
この国の建国神話のような物が記載されている。
中身を確認すれば、この本は図書館等でも借りる事が出来るような代物で、求めていたような情報ではない。
続けて二冊目を手に取ると、ジルは近くにあった執務机のような所に腰を下ろす。
「こっちは公爵家の事が記載されているな……大分ボロくて紙が所々破れている……」
大して興味は無かったが、流し読みをして中身を確認するが、これまた大した事が書かれていない。
三冊目、四冊目、と確認して行くがどれも似たり寄ったりで特に新しい情報を得られた訳では無い。
「何も得られない、か……」
ジルは溜息を吐き出すと、持っていた本を閉じて本棚へと戻す。
図書館で借りられるような本に記載されているくらいの情報しか得られられず、このまま帰宅が遅くなるとウルミリアが心配するな、とジルが考え視線を下に下ろす。
「──ん、?何だあれ……」
そこで、ジルは不自然な形状で下へと続く階段を見つけた。
それは、暖炉の横の隙間にあり、暖炉まで近付かなければ暗がりのせいで発見する事が出来なかっただろう。
「室内に階段……?」
室内に階段がある邸など珍しい。
ジルは目を輝かせると下へと続く階段の方へと歩き出した。
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