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テオドロンが退出した応接室では、ウルミリアとジルが何とも言えないような空気の中テオドロンが出て行った扉を暫し呆然と見詰めていた。

「──っ、ウルミリアお嬢様、大丈夫ですか」

扉を見つめていたジルだったが、先程のテオドロンの行動を思い出して、ウルミリアへと駆け寄るとそっと自分の手のひらでウルミリアの頬に触れる。

「痛みはございませんか?掴まれた跡等は……無さそうですね……」
「ええ、ジルありがとう。痛みも特に無いわ」

ウルミリアは、無意識の内に添えられたジルの手のひらに自分の頬をすり、と押し付ける。
ウルミリアのその行動にジルは頬を赤く染めると、「お怪我が無くて良かったです」と眉を下げて微笑む。

「それにしても……」

ウルミリアは先程のテオドロンの言葉を思い出してついつい顔を顰めてしまう。

「このままでは近い内にテオドロン様に迎えに来られてしまうわね……」
「ええ。旦那様にご相談して、日にちを何とか延ばして頂きましょう。その間にどうにか婚約を解消……若しくは破棄出来るだけの理由を見つけましょうか?」
「そうね……。このまま公爵家に嫁いだとしても穏やかな日々を送れそうにないし、大変な目に合うのは目に見えているわ。出来れば穏便に婚約を解消したかったのだけれど……テオドロン様にその気がないのであればお父様に相談するしか無いわね」
「ええ、ええ。そうして下さい。ウルミリアお嬢様が辛い目に合うのが分かっているのに、旦那様が動かない、と言う事はございませんよ」

ジルの言葉に、ウルミリアは小さく頷く。

本当に、婚約を解消出来るのかしら、とウルミリアは小さな不安を覚える。

今まで、全く自分に興味を持っていなかったテオドロンが自分に対して愉しそうに笑った顔が頭から離れない。
新しいおもちゃを目にした少年のように、無邪気に笑ったのだ。

(何でこんなに不安に思うのかしら……テオドロン様の行動が読めないから……?それともあの瞳の奥にある感情が恐ろしいから……?)

今まで、たいした会話もして来なかった。
ただ義務のように婚約者として、僅かな時間を共にしただけだ。

学園で会っても、テオドロンの横にはいつもウルミリア以外の女性の姿があった。
テオドロンに初めて会った時に、あのような態度を取られてウルミリアも自らテオドロンに近付かなかった。
お互い好きにすれば良い、と言うのであればその通りに行動しよう、とウルミリアもある意味開き直っていたのだ。

協力する姿勢を見せない者に、こちらから歩み寄る必要は無い。
だからそう行動して来てしまった。

(失敗したわね……。もう少しテオドロン様と会話をしておけば良かった……)

ウルミリアは過去の自分の行動に頭を抱えたくなった。
もう少し、テオドロンと言う人物が分かっていればどうにかなっていたかもしれない。

「──たられば、何て考えても仕方ないわね」
「ウルミリアお嬢様?」
「何でもないわ。お父様の元へ行きましょうか」

ウルミリアはジルに向かってそう告げると、応接室を出る為に扉へと向かう。
そのウルミリアの後を、ジルは追った。











「お父様、少しお時間宜しいでしょうか?」

ウルミリアが、目の前の扉をノックした後中に居るであろう侯爵に向かって声を掛ける。

中から人が動く気配がして、ウルミリアとジルが扉の前で待っていると、室内には侯爵一人しかいなかったのだろう。
中から扉が開かれた。

「──ウルミリア?それに、ジルも。どうした、入りなさい」
「失礼致します、お父様」

ウルミリアは父親である侯爵ににこり、と笑みを浮かべると侯爵に案内されるまま室内へと足を踏み入れ、ソファへと腰を落ち着かせた。

ジルも定位置であるウルミリアの背後に控えると、侯爵が口火を切った。

「──テオドロン殿は何の用でここに来たんだ……?私が彼に尋ねても、先ずはウルミリアに話す、と言われてな……」

侯爵は自分の頬をぽりぽりとかくとウルミリアへと視線を向ける。

侯爵である父親は駆け引きや貴族同士の腹の探り合いが大の苦手だ。
ラフィティシア侯爵家自体が昔から武に優れた家である。
そして、祖父の代、父親の代では内戦である領地戦、他国からの侵略が盛んで戦いにばかり赴いていた。
その事から内政はもっぱら家令や自分の妻に任せ切りだった。

それでも、侯爵家に嫡男が生まれ、ウルミリアの兄であるその人は文武共に優れた資質を持つ為、最近では父親の補佐をしながらほぼ全ての政務を手助けしている。
ウルミリアの弟である次男は、父親に似たのだろう。武はあるが書類仕事には適していない。
その為、ウルミリアの弟は騎士団に所属し、毎日楽しそうに訓練に勤しんでいる。

武に長け、長く戦場に居た父親がテオドロンのような頭の切れる者の考えは読めないのだろう。
ウルミリア本人にだって分からないのだから、父親である彼からしたら得体の知れぬ不気味な者のように目に映っているのかもしれない。

ウルミリアはテオドロンから言われた言葉をそのまま父親に伝える事にする。

「──近々公爵家に迎え入れたいから、日取りを決めるように、と仰っておりました」
「──なに?」

ウルミリアの言葉に、侯爵は眉を跳ね上げると不愉快そうに唇を歪ませた。

「……こちらの話など一切聞かず、押し通そうとするのか……」
「お父様も何度かティバクレール公爵家には話し合いの機会を、とご連絡しているのですよね?」

ウルミリアの言葉に侯爵は肯定するようにこくり、と頷く。

「ああ、そうだ。このままでは子供達が不幸になると思い、話し合いの場を設けて欲しいと願い入れているのだが、全て拒否されている」
「──それならば、この婚約のお話は王家が勧めたとも聞いております。奏上しては如何でしょう?」
「それも無駄だった」

父親の悔しそうな声音に、ウルミリアは眉を顰める。
公爵家も、王家も、全く聞く耳を持たない。
何と不自然な事か。

「そこまでして、何故──」

ウルミリアは、公爵家と王家に不信感しか覚えなかった。
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