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しおりを挟む学園から帰宅する馬車の中が何とも言えない、重い空気が流れる。
先程話していた内容が全くの思い違いで、行き過ぎた考えだろう、とは誰も口に出来なかった。
誰しもが、「もしかしたら」と不安に思ってしまう程、その考えはとても危険で、そして「有り得ない」と一蹴出来るほど的外れな事ではないだろう。
先程、ウルミリアが言葉にした内容をジルは頭の中で思い浮かべる。
──この国の貴族の力を削ぐ
その考えを思い浮かべてから最早それ以外、目的は無いのではないか、と考えてしまう。
それ程に、テオドロンの今までの行動が貴族の力を削ぐ事を目的としていたのならばしっくりと来てしまう。
そんな事があっていいのだろうか。
そんな事を、この国の公爵家の嫡男が何故考えるのだろうか。何の為に。
出来れば、ただの思い過ごしで済んでくれればいい、とジルは僅かに痛む自分の頭に溜息をついて窓の外へと視線を向けた。
侯爵邸に到着して、馬車から降りる。
ウルミリアはいつもの様にジルにお礼を告げると、背後にいるジルに振り返って唇を開いた。
「──ジル。早速お父様の元へ行こうと思うのだけれど、一緒に着いてきてくれるかしら?」
「畏まりました。旦那様に今回の件の報告もございますので、ご一緒致します」
こくり、と頷くジルにウルミリアも微笑むと、アマルへと視線を向ける。
「ごめんなさい、アマル。私の部屋に荷物を持って行ってくれない?」
「畏まりました、お嬢様」
ウルミリアの言葉を聞き、アマルも頷くと馬車から学園に持って行っていた通学鞄を取りに戻る。
その後ろ姿を見てから、ウルミリアは背後に居るジルへ「行きましょう」と声を掛けると、そのまま邸の玄関へと足を向けた。
玄関から邸内へと入ると、いつもはそこに居ない筈の執事のオリバーが戸惑いを顕にウルミリアとジルを待っていた。
「──オリバー?どうしたの?」
「お帰りなさいませ、お嬢様……。それが……」
オリバーの瞳が不安気に揺れる。
何故そんなに戸惑っているのだろう、とウルミリアが不思議そうに眉を寄せ、再度オリバーに話し掛ける。
「一体どうしたの、オリバー。何かあったの?」
「──お嬢様に、お客人が」
「私に?誰かしら……?」
客人が来る、など聞いていない。
先日、フランク医師の診察は終わったばかりだ。
ウルミリアは自分に用事がある人物に思い当たる者が居らず、「誰かしら?」とオリバーに問うと、オリバーは眉を下げてその客人の名前を口にした。
「それが……テオドロン・ティバクレール様が来られております……」
「……え、テオドロン様が」
予期せぬ来訪に、ウルミリアは勿論ジルや、侯爵家の人々はテオドロンの来訪に戸惑いを隠せずにいた。
──応接室にてお待ちです。
オリバーからそう言われ、ウルミリアは急いで応接室に向かって足を動かした。
「何故、テオドロン様が急に来たのかしら」
隣に居るジルに向かって小声でそう問うと、ジルも何故テオドロンが急に侯爵家に来たのかが分からず、緩く首を横に振った。
「申し訳ございません……。私にもテオドロン様が考えている事が分かりません」
「そうよね……。今まで婚約者として最低限の行き来しかして来なかった人よ。それなのに何故突然……」
(まさか、尾行していたのが俺だと知っているのか……?だから釘を刺しに来た?)
ジルは自分の背中を伝う嫌な汗に舌打ちをしたくなる。
充分距離を取っていた。
尾行されている事が分かってはいても、誰が後を尾行けていたのかまでは分からない筈だ。
そんなヘマはしない、とジルは自分に言い聞かせる。
「──着いたわね、取り敢えず入るわ」
テオドロンが待っている、と言う応接室に到着するとウルミリアが小声でそう告げてくる。
ジルもウルミリアにこくりと頷くと、ウルミリアは応接室の扉をノックしてからドアノブをしっかりと自分の手のひらで握り締めて扉を開いた。
「お待たせしてしまい申し訳ございません、テオドロン様」
「──ああ。ウルミリアお帰り」
ウルミリアが応接室の中へと入れば、その中にはテオドロン一人の姿しか見当たらず、テオドロンはソファにゆったりと腰掛けていて寛いでいる様子だ。
「ああ、先程まで侯爵が居たのだがウルミリアが戻る頃だから仕事に戻って頂いた。──婚約者同士の逢瀬に、第三者の存在は邪魔だろう?」
テオドロンはそう言うと、ウルミリアの後ろに控えるジルについ、と視線を向けるがウルミリアはそんなテオドロンの視線をものともせず、そのまま室内へと進んで行く。
「あら、お気遣い頂きありがとうございます。我が家の侯爵様は書類仕事が苦手ですから、解放して下さって大変有難いですわ。ジル、お茶が冷めてしまっているわ。テオドロン様のお茶を交換して頂戴」
「畏まりました、ウルミリアお嬢様」
ウルミリアは、ジルへと仕事を言い付けるとジルは即座にお茶の準備を始める。
「それで……。今日はどうなさったのですか?突然来られるなんて……何のおもてなしも出来ず申し訳ないですわ」
「──ああ」
ジルを退出させない事が分かったのだろう。
テオドロンは冷たい視線をジルへと向けた後、ウルミリアへ視線を戻す。
億劫そうに足を組み替えると、面倒臭そうにテオドロンはウルミリアへ向かって唇を開いた。
「僕達の学園卒業も一年を切ってる。卒業してから半年後に婚姻式の予定だろう。その準備や、次期公爵夫人としての仕事に慣れる為にそろそろ公爵邸に迎えようと思ってな。公爵家の面々もその予定だ。ウルミリアはいつ頃からこちらに来れる」
ジルが用意したお茶を、テオドロンは見つめてからそっとそのカップを指先で持ち上げる。
「それ、は……我が家でも話し合わないといけませんのでこの場でお答え出来ませんわ」
「──ふっ、そうだろうな。君は何とかして僕と婚約を解消したいのだろうしな……だが」
テオドロンは座っていたソファから腰を上げると、手に持っていたカップの中身をそのままテーブルへと零していく。
呆気に取られているウルミリアとジルに目もくれず、テオドロンは自分のもう片方の手のひらでウルミリアの両頬を鷲掴んだ。
「公爵家との婚約を簡単に解消出来ない事は君も充分理解しているだろう?これは王家からの勧めもあって結ばれた婚約だ。王家が絡んでいるのだから君も諦めて大人しく公爵家に嫁げばいい。他の男との子供を作らない限り、好きにしてもいいんだぞ?何をそんなに躊躇う必要がある。金も、人も、好きに出来るんだ。それ以上何が必要だ?」
心底、純粋にそう思っているのだろう。
テオドロンの瞳に真っ直ぐ見詰められて、ウルミリアはぞくりと背筋が震えた。
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