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しおりを挟む「ウルミリアお嬢様、戻りました」
「あら、ジルお帰りなさい」
学園の授業が全て終わり、迎えの馬車を待つ馬車留めまで向かって歩いている所でジルが合流する。
ジルの帰還に、ウルミリアはにこりと笑顔で出迎えると、共に馬車留めまで向かっていた友人のジェミーとナターシャに「ではまた明日」と笑顔で頭を下げる。
「ウルミリア様、また明日。ご機嫌よう」
「ラフィティシア嬢、ご機嫌よう」
二人も、ウルミリアへ笑顔で一礼すると去って行く。
二人の友人の後ろ姿を見つめながら、ウルミリアは背後に居るジルへとそのまま話し掛けた。
「──それで、ジル……。何か分かったかしら?」
「いえ……撒かれました」
「……っ、貴方が?」
馬車へと乗り込む為、ジルはウルミリアに手を貸しながら小声で会話を続ける。
ジルの後ろに控えていた侍女のアマルも、ジルの言葉に信じられない、と言うように驚きに目を丸く見開いている。
全員が馬車へと乗り込み、扉をしっかりと閉めて馬車が走り出す。
カタカタと振動によって軽く揺れる馬車の中で、ウルミリアとジルは会話を続けた。
「まさか私も撒かれるとは思っておらず……油断致しました、申し訳ございません」
「いいえ……謝る必要は無いわ。……ジルは特殊な訓練を積んだ、お父様公認の特別な影なのよ?そんな貴方が追い切れないと言う事は、テオドロン様もそう言った特殊な訓練をした人なのかもしれないわ」
「ええ……。そうかもしれません……」
ウルミリアに薬草を混入された事件があった事から、ジル自身あの日から一層ウルミリアへ対する護衛にしっかりと集中している。
護衛以外にも、ウルミリアの発する命令にだってしっかりと答えられるように動いた筈だった。
今回はテオドロンに関する事柄だったので、手を抜いたり油断する事など有り得ない。
しっかりと監視し、ミーチェの件に関して確認するつもりだったのにそれを防がれた。
「──本当に、あの方は何なのですか……。ただの貴族の子息ではなかったのですか……」
「そうよね……。ただの貴族の子息が普通では得られないような危機察知能力を得ているし、並々ならぬ感情を抱いているわ」
ウルミリアの言葉に、ジルはぴくりと反応すると唇を開く。
「並々ならぬ、感情……ですか?」
「──ええ、ジルは気付いていないの?テオドロン様が自分の"恋人"に向けていた視線は愛しい恋人に向ける視線じゃないわ。蔑みと、嫌悪、怒りの感情が綯い交ぜになったような……恐ろしい視線をハズボーン嬢に向けてたわ……」
普通、愛しい恋人に向ける感情ではないでしょう?とウルミリアへ言われて、ジルは確かに。と納得する。
「今までの恋人達全員にも似たような視線を向けていたのかしら……。一瞬だったけれど、確かにあれは見間違いじゃないわ……まるで恋人を恨んでいるような……」
「そのような視線を向けるのはやはり可笑しいですね……。そのような視線を向けるのであれば、何故テオドロン様はそのような相手を自分の隣に置くのでしょうか」
「そう、そこなのよ。テオドロン様が何の為にそんな事をしているのか分からなくて不気味なのよ……」
恋人を愛していると思っていたが、そんな事は無く捨てた恋人達の半数以上の消息が不明だ。
「──今まで、テオドロン様の恋人の方達はどのような家柄の令嬢だったかしら……?」
ふと、ウルミリアが気になってそう尋ねると、ジルが自分の顎に指先を当てて思い出すように唇を開く。
「そうですね……確か……しがない地方領主の娘だったり、叙爵されたばかりの家門の娘だったり……王宮に務める政務官の家系だったり……統一性がありませんね」
「うーん……そうね……。貴族派、王族派も関係なく入り交じっていそうね……統一性が無くて分からないわ……この国の貴族の力でも削ぎたいのかしら」
ウルミリアが額に手を当て、やれやれと言うように頭を振ると、そこでウルミリアの言葉を聞いたジルがピタリ、と動きを止めた。
「──ジル?どうかしたの……」
「それ、ウルミリアお嬢様……そのお考え……」
ウルミリアが訝しげにジルに視線を向けて問うと、ジルは顔色を悪くしながらわなわなと唇を開く。
「もし、"そう"であれば……そのお考えが本当に合っているとしたら大変な事になりますよ……!?」
「え、そんな……、まさか……!」
何の気なしに発した言葉。
だが、有り得ないと一蹴出来るような事ではない。
このままテオドロンの行動が続けば、貴族達の家は大変な目に合う。
力のない小さな領地しか持たない貴族は公爵家の力に潰されてしまうのだ。
本当にテオドロンが、この国の貴族達を排し、国の弱体化を狙っているのであれば看過出来ない事柄だ。
何の為にそんな事をするのかは分からないが、このままテオドロンの行為が長く続けば。
今ウルミリアが言葉にした事が現実に起きたらこの国は荒れる。
「有り得ない事だとは思うけれど、邸に戻ったらお父様に報告はしておきましょう」
ウルミリアは、浮かんできてしまった嫌な考えに唇を噛み締めた。
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