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しおりを挟む皆が寝静まった夜。
ジルは自分に与えられた自室で、昼間侯爵から渡された書類に再度目を通していた。
あれから、ウルミリアと庭園で話している内にウルミリアの体の痺れは殆ど無くなった。
自分の足で歩く事が出来るようになったし、自力で立ち上がる事も出来るようになった。
時間経過と共に状態が回復した事から本当にあの薬草採取の授業の場にあった痺れの効果がある薬草の葉から抽出した液体を混入したのだろう。
ラシェル・ミクシオンは本当にただの嫌がらせ程度と考えてこのような愚かな事を仕出かしたのだ。
(この国に住む人間なら誰でも知ってるくらい見知った薬草を使用したのであれば、確かに大事には至らない)
怪我の治療の際に痛みを麻痺させる時等に良く使用される物だ。
(戦場で重宝される薬草だしな……)
痛みを感じれば人は行動に迷いが生じる。
その迷いを取り去る為に痛みを誤魔化す。
迷いがあれば人は簡単に戦場で命を落としてしまう。
だからこそ、戦の多かったこの国では馴染みのある薬草である。
そして、皆が知る薬草であるから効果も知れ渡っている。
まだ憶測ではあるが、医者に依頼した成分の確認が済めば結果は出る。
十中八九、思い描いている薬草であるとは思うだろうが、とジルは考えた。
(ミクシオン嬢も愚かな事をしたものだ……あの場で侯爵令嬢であるウルミリア様が倒れれば毒物の混入を真っ先に疑われる。大事になるに決まっているのに……)
それ程、周りが見えない程にテオドロンにのめり込んでいたのか。
それとも何が起きても助けてやるとでも言われたのか。
(だが、テオドロン様はあの場でミクシオン嬢が薬を盛り、罪を認めさせ、謝罪させた。初めからミクシオン嬢を守るつもりなど無かったのだろう)
ジルは手元にある書類に視線を落とす。
ラシェルに金で買われた侯爵家のメイドは既にこの邸から出された。
男爵家の三女であり、罪を犯して侯爵家のメイド仕事から追放された。
勿論紹介状も無い。
男爵家に戻っても、暮らしていけはするだろうが今後まともな嫁ぎ先等見つからないだろう。
人の目が多い学園内で起こった事件だ。
目撃者が多数居て、休み明けにはラシェルの犯行が暴かれるだろう事からラシェルが指示したメイドの名前も実行犯として知らされる。
「可哀想にな……」
このまま侯爵家で真面目に働いていれば、良縁に恵まれる可能性や、そのまま侯爵家で働き続ける可能性もあったし、侯爵家から紹介状を渡される可能性もあったのに目の前の金銭に目が眩み道を誤った。
ジルは、書類を自分の机の引き出しの奥にしまい込むと首元に下げていた布を引き上げ、顔半分を真っ黒な布でしっかりと覆う。
普段ウルミリアの侍従をしている時のような制服ではなく、素早く動く事に特化した衣服に身を包んでいた。
夜の闇に潜みやすいよう黒を基調とした体にフィットした衣服に、顔の下半分を覆う布のお陰で、誰もこの姿をした人間がジルだとは思わないだろう。
(旦那様と、ウルミリアお嬢様がご命令した通り、テオドロン様の周囲を本格的に探る)
ジルは自室の窓を開け放つと、バルコニーの手摺に足を掛けるとそのまま姿を消した。
今夜は新月で月明かりも無く、人に目撃される恐れも低くなる。
公爵家へ侵入する為のルートを確認する為には丁度いいだろう。
夜明けまでに戻り、いつも通りウルミリアの侍従として仕事に戻る。
そして昼間はテオドロンの動きを監視する。
学園の卒業まであと僅かの期間しかない。
このままではジルは自分の大切なウルミリアがテオドロンと言う軽薄な男に嫁がなくてはいけなくなってしまう。
そうなる前に何とかしなければ、と逸る気持ちで地を駆けた。
翌朝。
カーテンからチラチラと入り込む朝日の眩しさでウルミリアは目を覚ました。
「──すっかり薬は抜けたわね」
ウルミリアはむくり、と起き上がる。
自分の両手を確かめるように何度も閉じたり開いたり、としているといつもの様に侍女のアマルが朝の支度をする為にウルミリアの自室の扉をノックする。
「お嬢様、おはようございます。お体の調子は如何ですか?」
「おはよう。もうすっかり薬は抜けたみたい。いつもと変わらないわ」
「それはようございました。朝食は食べられそうですか?」
「ええ。食堂に行くわ」
ウルミリアの言葉に、アマルは素早くウルミリアの身支度を終えると支度が終わったウルミリアはそのまま自室を出て行く。
ウルミリアが自室を出て、廊下に姿を表すとこれもまたいつもの様にジルが廊下に控えていた。
「──ウルミリアお嬢様、おはようございます。もう大丈夫ですか?」
「おはよう、ジル。ええ、もう大丈夫よ」
二人は笑顔で言葉を交わし終えると、そのまま食堂へと足を向けた。
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