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しおりを挟む侯爵家の庭園。
ウルミリアとジルは庭園へと移動してくると、メイド達がテーブルや椅子、お茶の準備が終わるのを庭園を散策しながら待った。
「──ん、大分感覚が戻って来たわね。ありがとう、ジル」
「いいえ。思ったよりも回復が早くて良かったです」
ウルミリアが歩くのを支えながらジルが安心したようにそう答えれば、ウルミリアの腰に回り歩行を補助していたジルの腕の力が僅かに強まる。
支えて貰っているのだから当たり前ではあるが、普段よりも近い距離に居て、普段よりも近い距離にジルの顔があってウルミリアは一瞬息を飲む。
「──ウルミリアお嬢様?」
「あ、いえ。何でもないわ」
ウルミリアは思わずジルからぱっと顔を逸らす。
突然自分から顔を逸らされた事にショックを受けるジルに、ウルミリアは何だか突然恥ずかしくなって来る。
こんなにジルと距離が近いのは随分久しぶりだ。
ウルミリアとジルが出会ってからもう十年以上が経っている。
街に来ていたウルミリアは、路地裏で今にも息絶えそうで、見るからに訳ありそうな状態のジルを発見したウルミリアは急いで侯爵家へと連れて帰った。
怪我の治療を行い、意識を取り戻したジルは帰る所が無いと言っていた。
帰る所が無いのであれば、とウルミリアは自分の父親にジルを侯爵家の使用人として置いてくれるように頼み込んだ。
自分と対して年が変わらないジルが、怪我が治ったからと言って街へ戻っても先が見えている。
貴族として、一人の子供だけを助けても意味が無いことは分かっていたが、だからと言って自分の目の前にある命を、自分が手を伸ばせば助けられる命を捨てる事など出来なかった。
だから、侯爵家の使用人として少しでもこれからの人生をもう一度やり直して欲しいと思った。
のだが。
ジルへ仕事を教えて行く内に、元々頭の回転も早く、要領も良かったジルは仕事をどんどんと覚え、教えられた事は吸収し、ただの使用人から執事の仕事を覚え、護衛も兼ねて戦闘訓練をさせたら驚く事に戦闘面にもめっぽう強かった。
護衛も出来るだろう、と言う事で侯爵の訓練にも付き合わされて行く内に、しっかりとウルミリアを守れる程の力を持ったジルは、ウルミリアの専属侍従兼、執事として五年前からウルミリアに付き従っている。
元々顔立ちは整っていたが、年齢を重ねる毎に精悍さが増して身長も伸び、訓練によって筋肉も付いたジルはそこら辺の貴族よりもよっぽど容姿が整っている。
高位貴族ではウルミリアの婚約者であるテオドロンの容姿が騒がれているが、ウルミリアはテオドロンよりも断然ジルの方が格好いいではないか、と思っていた。
普段は全く気にしていなかったジルの顔が間近にあって、ウルミリアは動揺した。
(あら……?何故私は今更恥ずかしいなんて……)
ウルミリアは今更恥ずかしくなってしまって、頬を僅かに染めるとジルから視線を逸らしながら気を紛らわすように唇を開いた。
「そ、そう言えばお父様から書類を受け取っていたわね?あれを渡されたと言うことは……」
「ええ。恐らく探りを入れろと言う指示かと……暫くは影としての仕事に追われそうです」
ジルが肩を落として溜息を吐くと、丁度そのタイミングでメイド達の準備が終わったのが見えた。
屋外であれば、声量を落として話せば周囲に会話の内容は漏れにくい。
テオドロンに感じた違和感と、これからの事を話すのには丁度いいだろう。
ウルミリアとジルはテーブルの方へと向かって行った。
椅子に腰掛け、ウルミリアは周囲に控えていたメイドや使用人達に自分達から距離を取らせた。
「──さて……。お父様が調べきれていない事を私達がどうにか出来るとは思えないけれど……話しておいた方がいいわよね?」
「そうですね。私達の考えにずれがあってもいけませんし……。旦那様からも改めて指示があるかと思いますが、私はあくまでウルミリアお嬢様の侍従ですから、ウルミリアお嬢様のご命令に従いますよ」
ジルはにこり、と笑うとウルミリアへとそう伝える。
ウルミリアの命令を最優先にする予定ではあるが、実際侯爵から別の命令を言われたらそちらを優先的に調べなければいけなくなるが、ジルはぼんやりと「寝ずに夜中動けばいいか」と考える。
「そうね……。取り敢えず、ラシェル・ミクシオン嬢はお父様がご対応して下さるからいいとして。──テオドロン様の周辺を探ろうかしら?今まで関わりたくないから、と目を逸らして来てしまったけれど、学園内の行動や公爵家での行動、休日の行動を調べて行きましょう」
「畏まりました。それならば、明日明後日の休日は私がテオドロン様の行動を確認しに行きましょう。ウルミリアお嬢様から暫し離れますが、必ず侯爵邸に居て下さいね」
ジルの言葉に、ウルミリアはしっかりと頷き返した。
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