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しおりを挟む淡々と事実を述べるように発された言葉に、後ろに居たラシェルが声にならないような悲鳴を上げたのがわかった。
その様子を見ていた侯爵は、瞳を細めるとほぅ、と小さく声を漏らすとちらり、とラシェルへ視線を向ける。
「ミクシオン伯爵家のご令嬢が、ウルミリアを……?」
「ええ、そうです」
侯爵の言葉にテオドロンは感情を読み取れないような表情でこくり、と頷くと続けて唇を開いた。
「──彼女は、私の婚約者であるウルミリア嬢に以前から嫉妬し、こそこそと嫌がらせをしていたようです。そして、本日の薬草採取の授業中にとうとう薬物の混入にまで手を染めました」
「……それ、をミクシオン伯爵令嬢がテオドロン殿にお話したのですかな?」
侯爵の言葉に、テオドロンは「申し訳ない」と言うような表情を浮かべて小さく頭を下げる。
「──ええ。ウルミリア嬢があのように授業中に倒れて、彼女もやり過ぎてしまった、と反省したようで私に己の過ちを告白してきました……。婚約者であるウルミリア嬢のお体を危険に晒してしまい申し訳ございません」
「も、申し訳ございません。ウルミリア様が妬ましく、私が勝手にこのような真似を……。このような事態になるとは思っていなかったのです、浅はかで、愚かな真似をした私にどうか罰をお与え下さい」
テオドロンが頭を下げると、次いでラシェルがまるで予め決められていたかのようにすらすらと怯えながらでもあるが、謝罪の言葉を述べ、深々と頭を下げた。
その様子を黙って見つめていた侯爵は、暫しテオドロンとラシェルを交互に見つめながら溜息を吐き出した。
「──分かりました。知らせて下さり感謝致します……。ミクシオン伯爵令嬢、貴女には伯爵家にしっかりと連絡を入れさせて頂く。そして、テオドロン殿。このような事が起きぬようにご自身の振る舞いを今一度しっかりと考え直して下され」
「はい。申し訳ございませんでした」
侯爵がそう言葉を切ると、再度テオドロンとラシェルは深々と頭を下げた。
いくら侯爵家当主と言えど、テオドロンはこの国の筆頭公爵家の嫡男である。
爵位は継いではいないが、何れは公爵家の当主となる身であり、身分はウルミリアの父、侯爵よりは上の立場となる。
また自分より身分の低い者へ頭を下げると言う行為はあまり褒められた行為ではない。
だが、それでも侯爵は身分が低くともテオドロンの不始末で自分の娘が薬物を盛られた事を言外に責めた。
そして、それをテオドロン自身も認め謝罪したのだ。
非公式の場ではあるが、もしこの場にテオドロンの両親が居れば眉を顰めただろう。
身分が高い者が身分の低い者へ謝罪し、更には頭を下げるなど、外に漏れれば醜聞となる。
ジルは違和感にひっそりと眉を寄せた。
頭を上げたテオドロンは、続けて唇を開く。
「──ウルミリア嬢の体調は如何でしょうか?彼女に面会出来ましたら、直接私の口から謝罪と見舞いたいのですが……」
「──自室で休んでおります。ジル、案内を」
謝罪と見舞い。
婚約者であるテオドロンからそう言われてしまえば強く断る事も出来ない。
侯爵はちらり、とジルへ視線を向けるとテオドロンを案内するように告げると、話す事はもう無いと言うように腰掛けていたソファから腰を上げる。
「それでは、私は仕事がございますのでこれで……。本日はお話頂きありがとうございました。ご令嬢をお送りしてくれ」
侯爵がそう言い終えると、テオドロンもソファから立ち上がり再度頭を下げた。
テオドロンの後ろにいたラシェルは、自分は帰されるのだと知り、戸惑いオロオロとしている。
そうこうしている内に侯爵は部屋から退出し、ラシェルの元には使用人が近付き帰宅するように玄関までご案内します、と声を掛けている。
ラシェルから視線を向けられているのは気付いている筈なのに、テオドロンは一度もラシェルに視線を向ける事無くジルに向き直ると、ただ淡々と唇を開いた。
「ウルミリアの元へ案内してもらってもいいか?」
「……畏まりました」
気味が悪いが、案内しない訳にもいかず、ジルは怪訝な顔を隠しもせずにテオドロンをウルミリアの自室に案内する為に部屋の扉へと足を向けた。
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