10 / 68
10
しおりを挟むガツン、と大きな音を立てて木剣が弾かれる。
「──ぐっ、」
「ほらほら!脇が甘いぞ!」
ジルはビリビリと痺れる自分の腕に奥歯を噛み締めると遠慮なく打ち込んで来るウルミリアの父、ラフィティシア侯爵の木剣をただひたすらに捌く事しか出来ない。
途中、体術も交えて好戦的に攻めてくる侯爵に、ジルは防戦一方となってしまう。
「そのような甘い戦いをしているからウルミリアに悪意を持つ者を防げなかったのではないか!?今回の件はお前の甘さが招いた事態でもある事をしっかりと自覚せよ!」
「──分かって、おります……!」
(言われなくとも分かっている……!)
ジルは瞳を細めて侯爵を睨み付けると、防戦一方だった打ち合いから、後方に一歩飛び退くと距離を開け、そのまま真横に一歩移動する。
追い掛けて来た侯爵に対して今度は攻勢に転じようとジルが一歩前に踏み出そうとした時、死角から侯爵の強烈な蹴りが飛んでくる。
「──っ!」
ジルは咄嗟に自分の顔の横に腕を割り込ませると、重い一撃を腕で受け止めたが、それでもその一撃を止め切る事は出来ず、そのまま地面へと叩き付けられる。
追撃が入る、と焦ったジルはすぐに体を起こそうとしたがそこで二人の元に慌てた様子で近付いて来る使用人の姿が視界に入った。
「──何だ?」
些か息を乱しながら、侯爵が怪訝そうに使用人に視線を向けると肩で息をした使用人が戸惑いを顕にしつつ、唇を開いた。
「あ、あの……っ、申し訳ございません……っ!突然参られて……!」
「待て待て、先ずは落ち着け。何があった?」
相当混乱しているのだろうか。
使用人の要領を得ない言葉に、侯爵自身も眉を寄せると落ち着いて話せ、と使用人に告げる。
侯爵の言葉に、幾分か落ち着きを取り戻したのか使用人は自分の胸に手を当てて呼吸を整えると再度侯爵に向かって唇を開いた。
「旦那様、ティバクレール公爵子息様が旦那様に面会を……。その……お嬢様に毒を盛った犯人を連れて来た、と仰っております……」
「──なに?」
使用人の言葉を聞いて、侯爵は目を見開くと瞳に怒りの色を乗せた。
「テオドロンが犯人を連れて来た、と?──ならば会おう。応接室へ通しておけ」
「畏まりました」
侯爵は、ジルに向けて自分の木剣を渡すと腕まくりをしていた袖を直して行く。
そして、ジルに視線は向けないまま「同席しろ」と告げるとそのまま邸へと戻って行く。
ジルは手渡された木剣を纏めると急いで自分も着替えを行う為に邸へと走って戻った。
着替えを終えて応接室へと向かうと、まだ侯爵は到着していなかったようで、応接室の扉の前にいた使用人にそう教えられてジルはほっと安堵の息を零した。
侯爵が先に到着してしまっていたらもう入室する事は叶わない。
ジルが扉前で侯爵を待っていると、それから程なくして侯爵が姿を表した。
「来ていたか。入るぞ」
「はい、旦那様」
侯爵が入室すると、先に部屋に通されていたテオドロンがソファから立ち上がり、その後ろに立っていた真っ青な顔色をしたラシェルがびくり、と体を跳ねさせた。
「お時間を頂きありがとうございます」
「いや、何構いませんよ……」
テオドロンが深々と頭を下げるのに続いて、テオドロンの座っていたソファの背後に立ちすくんでいたラシェルも慌てて頭を下げる。
ラシェルにちらり、と視線を向けてから侯爵はそう言葉を返すとテオドロンへ座るように進める。
その言葉に、テオドロンは「失礼致します」と言葉を零してからソファへと腰を下ろしたが、後ろに居るラシェルは真っ青なままぶるぶると震え、立ったままだ。
余りに怯え、震える様は哀れに思えてしまう程であるが、何故ここまで怯えているのかが分からず、ジルは一人で首を捻った。
(犯人を連れてくる、と言う事から……毒を盛ったのはラシェル・ミクシオン嬢が犯人だったのか……?だが、それにしても些か怯えすぎな気が……)
まるで死刑執行を待つ囚人のような怯え様だ。
侯爵がソファへ座り、ジルはその後ろに控える。
目の前のテオドロンとラシェルの態度が真逆で戸惑ってしまう。
「──それで、テオドロン殿。娘のウルミリアに毒を盛った犯人を連れて来て下さったとか……そちらのご令嬢はどなたですかな?」
侯爵の言葉に、令嬢──ラシェルはびくりと体を震わせると、瞳に涙を溜めた状態で縋るようにテオドロンへ視線を向けている。
だが、視線に気付いているだろうに、テオドロンはその視線を気にも止めず、涼しい表情で唇を開いた。
「ええ、ご紹介致しましょう。こちらのご令嬢は、愚かにも私の大切な婚約者であるウルミリア嬢に毒を盛った張本人、ラシェル・ミクシオン伯爵令嬢です」
75
お気に入りに追加
4,299
あなたにおすすめの小説

【完結】貴方の望み通りに・・・
kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも
どんなに貴方を見つめても
どんなに貴方を思っても
だから、
もう貴方を望まない
もう貴方を見つめない
もう貴方のことは忘れる
さようなら

お前なんかに会いにくることは二度とない。そう言って去った元婚約者が、1年後に泣き付いてきました
柚木ゆず
恋愛
侯爵令嬢のファスティーヌ様が自分に好意を抱いていたと知り、即座に私との婚約を解消した伯爵令息のガエル様。
そんなガエル様は「お前なんかに会いに来ることは2度とない」と仰り去っていったのですが、それから1年後。ある日突然、私を訪ねてきました。
しかも、なにやら必死ですね。ファスティーヌ様と、何かあったのでしょうか……?

もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました
柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》
最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。
そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。

ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
妹ばかり見ている婚約者はもういりません
水谷繭
恋愛
子爵令嬢のジュスティーナは、裕福な伯爵家の令息ルドヴィクの婚約者。しかし、ルドヴィクはいつもジュスティーナではなく、彼女の妹のフェリーチェに会いに来る。
自分に対する態度とは全く違う優しい態度でフェリーチェに接するルドヴィクを見て傷つくジュスティーナだが、自分は妹のように愛らしくないし、魔法の能力も中途半端だからと諦めていた。
そんなある日、ルドヴィクが妹に婚約者の証の契約石に見立てた石を渡し、「君の方が婚約者だったらよかったのに」と言っているのを聞いてしまう。
さらに婚約解消が出来ないのは自分が嫌がっているせいだという嘘まで吐かれ、我慢の限界が来たジュスティーナは、ルドヴィクとの婚約を破棄することを決意するが……。
◆エールありがとうございます!
◇表紙画像はGirly Drop様からお借りしました💐
◆なろうにも載せ始めました
◇いいね押してくれた方ありがとうございます!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる