【完結】好きにすればいいと言ったのはあなたでしょう

高瀬船

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ガツン、と大きな音を立てて木剣が弾かれる。

「──ぐっ、」
「ほらほら!脇が甘いぞ!」

ジルはビリビリと痺れる自分の腕に奥歯を噛み締めると遠慮なく打ち込んで来るウルミリアの父、ラフィティシア侯爵の木剣をただひたすらに捌く事しか出来ない。

途中、体術も交えて好戦的に攻めてくる侯爵に、ジルは防戦一方となってしまう。

「そのような甘い戦いをしているからウルミリアに悪意を持つ者を防げなかったのではないか!?今回の件はお前の甘さが招いた事態でもある事をしっかりと自覚せよ!」
「──分かって、おります……!」

(言われなくとも分かっている……!)

ジルは瞳を細めて侯爵を睨み付けると、防戦一方だった打ち合いから、後方に一歩飛び退くと距離を開け、そのまま真横に一歩移動する。
追い掛けて来た侯爵に対して今度は攻勢に転じようとジルが一歩前に踏み出そうとした時、死角から侯爵の強烈な蹴りが飛んでくる。

「──っ!」

ジルは咄嗟に自分の顔の横に腕を割り込ませると、重い一撃を腕で受け止めたが、それでもその一撃を止め切る事は出来ず、そのまま地面へと叩き付けられる。

追撃が入る、と焦ったジルはすぐに体を起こそうとしたがそこで二人の元に慌てた様子で近付いて来る使用人の姿が視界に入った。

「──何だ?」

些か息を乱しながら、侯爵が怪訝そうに使用人に視線を向けると肩で息をした使用人が戸惑いを顕にしつつ、唇を開いた。

「あ、あの……っ、申し訳ございません……っ!突然参られて……!」
「待て待て、先ずは落ち着け。何があった?」

相当混乱しているのだろうか。
使用人の要領を得ない言葉に、侯爵自身も眉を寄せると落ち着いて話せ、と使用人に告げる。

侯爵の言葉に、幾分か落ち着きを取り戻したのか使用人は自分の胸に手を当てて呼吸を整えると再度侯爵に向かって唇を開いた。

「旦那様、ティバクレール公爵子息様が旦那様に面会を……。その……お嬢様に毒を盛った犯人を連れて来た、と仰っております……」
「──なに?」

使用人の言葉を聞いて、侯爵は目を見開くと瞳に怒りの色を乗せた。

「テオドロンが犯人を連れて来た、と?──ならば会おう。応接室へ通しておけ」
「畏まりました」

侯爵は、ジルに向けて自分の木剣を渡すと腕まくりをしていた袖を直して行く。
そして、ジルに視線は向けないまま「同席しろ」と告げるとそのまま邸へと戻って行く。

ジルは手渡された木剣を纏めると急いで自分も着替えを行う為に邸へと走って戻った。








着替えを終えて応接室へと向かうと、まだ侯爵は到着していなかったようで、応接室の扉の前にいた使用人にそう教えられてジルはほっと安堵の息を零した。

侯爵が先に到着してしまっていたらもう入室する事は叶わない。

ジルが扉前で侯爵を待っていると、それから程なくして侯爵が姿を表した。

「来ていたか。入るぞ」
「はい、旦那様」







侯爵が入室すると、先に部屋に通されていたテオドロンがソファから立ち上がり、その後ろに立っていた真っ青な顔色をしたラシェルがびくり、と体を跳ねさせた。

「お時間を頂きありがとうございます」
「いや、何構いませんよ……」

テオドロンが深々と頭を下げるのに続いて、テオドロンの座っていたソファの背後に立ちすくんでいたラシェルも慌てて頭を下げる。

ラシェルにちらり、と視線を向けてから侯爵はそう言葉を返すとテオドロンへ座るように進める。
その言葉に、テオドロンは「失礼致します」と言葉を零してからソファへと腰を下ろしたが、後ろに居るラシェルは真っ青なままぶるぶると震え、立ったままだ。

余りに怯え、震える様は哀れに思えてしまう程であるが、何故ここまで怯えているのかが分からず、ジルは一人で首を捻った。

(犯人を連れてくる、と言う事から……毒を盛ったのはラシェル・ミクシオン嬢が犯人だったのか……?だが、それにしても些か怯えすぎな気が……)

まるで死刑執行を待つ囚人のような怯え様だ。

侯爵がソファへ座り、ジルはその後ろに控える。
目の前のテオドロンとラシェルの態度が真逆で戸惑ってしまう。

「──それで、テオドロン殿。娘のウルミリアに毒を盛った犯人を連れて来て下さったとか……そちらのご令嬢はどなたですかな?」

侯爵の言葉に、令嬢──ラシェルはびくりと体を震わせると、瞳に涙を溜めた状態で縋るようにテオドロンへ視線を向けている。
だが、視線に気付いているだろうに、テオドロンはその視線を気にも止めず、涼しい表情で唇を開いた。

「ええ、ご紹介致しましょう。こちらのご令嬢は、愚かにも私の大切な婚約者であるウルミリア嬢に毒を盛った張本人、ラシェル・ミクシオン伯爵令嬢です」

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