上 下
7 / 68

7

しおりを挟む

蹲ったウルミリアに駆け寄ったジルは、自分が着ていた上着や手袋をいち早く脱ぎ捨て地面に放ると素手でウルミリアの背中を摩ってやる。

まだ薬草の採取を行う前とは言え、万が一葉の分泌物が自分の服に飛んでいたらウルミリアの側に寄れない。
そう判断したジルは急ぎ上着と手袋を脱ぎ捨てるとメイドに向かって手を伸ばす。

ジルの意図を汲んだメイドが急ぎ水の入ったピッチャーを手渡すと、蓋を開けたジルが自分の手のひらにその水を出すと先ずは自分がその水に唇を付ける。

(──こちらには、何も無さそうだな)

無臭、口に含んだ際に味の違和感も無く、水のピッチャーには何も入れられていない事を確認するとジルは手のひらに出した水を地面に一度捨ててから再度自分の手のひらに水を出してウルミリアに差し出す。

「ウルミリアお嬢様、私の手で申し訳ございませんが今は他の食器を確認する時間はございません。すぐに口内の洗浄を」

ジルはそう言うと、もう片方の腕でそっとウルミリアの顎を上げさせて唇を開かせると、自分の手のひらから水を流し込む。
問題無く水を含んだ事を確認すると、そのままウルミリアの頭を下に向けさせて唇を開かせ、水を吐き出させる。

「ウルミリアお嬢様、もう一度」

そして再度同じ手順でウルミリアに口内を洗浄させると、ぐったりと力を失ったウルミリアの体がジルの体にくたり、と凭れる。

「──ウルミリアお嬢様、お顔を失礼致します」

次いでジルはウルミリアの顔を上向かせると、顔色や瞳を確認する。
唇が微かに震えているが、唇の色は通常と変わらず健康的な色を保っている。
顔色も健康的な色を保ち、手足も冷えていない。

ジルは一先ず即効性の毒等では無かった事に安堵の息を吐き出すと、くたり、と力の抜けたウルミリアの体を抱き上げてその場に立ち上がった。


周囲は、ウルミリアとジルの様子にざわめいており、人が増えて来ている。

学園の授業中、白昼堂々と毒物を使用した事件が発生した。
その事に気付いた講師や教師陣も集まって来ており、ジルはちらりと周囲に視線を巡らせるとウルミリアの侍女の姿を視界に留める。

「ジルさん、この後の説明などは大丈夫なのでお嬢様を早く邸へ」
「──分かりました。後はお願い致します」

年配のその侍女にぺこり、と頭を下げるとジルは足早にその場から離れる為に学園の馬車停めの方向へと歩いて行く。

ラフィティシア侯爵家の迎えの馬車はまだ来る時間ではないが、学園内には何かあった時の為に自由に使える臨時の馬車が数台控えている。
乗り心地は侯爵家の馬車より悪いが、今はウルミリアを邸へ戻す事が最優先だろう。
あの場に居た他の使用人が医者と侯爵家へ連絡を入れているのを確認していた。

ジルは周囲に集まって来ていた生徒達の中に、ウルミリアの友人である者達を見つけて安心させるようにそちらに向かって一度微笑む。
そして、その生徒達の輪から離れた場所で立ち竦む人影を見付けた。

その影の持ち主は、先程ウルミリアに苦言を呈したテオドロンその人と、ラシェルだ。
ジルは僅かに瞳を細めてその表情を確認したが、テオドロンは感情の読めない表情のままただじっとウルミリアを見つめていて、隣に居たラシェルは遠目にも分かる程震えて、顔色を真っ青にしている。
ラシェルを気遣うでも無く、ウルミリアを心配している風でも無い様子のテオドロンにジルは得体の知れない薄気味悪さを感じたまま、顔を背けた。







走って馬車へと向かいたい所ではあるが、振動でウルミリアの体調が悪化してしまっては元も子も無い。
ジルは急ぎながらも丁寧な足取りで馬車留めへと向かっていた。

向かう途中、何度かウルミリアへ話しかけもしたが、はっきりとした返答は得られなかった。

(もし、ウルミリアお嬢様の身に何かあれば……)

ジルは自分の不甲斐なさに怒りを覚える。
学園内だからと慢心し、毒物の混入等すっかり頭から抜けてしまっていた。
まさか白昼堂々と毒物を混入する者が居るとは思わなかったのだ。

(これでは、ウルミリアお嬢様のお側に居る意味が無い……っ)

ギリっと唇を噛み締めると、微かに血の味がして眉を顰める。

そうして歩いている内に、馬車留めに到着するとウルミリアを抱き抱えているジルに気付いた学園の御者がギョッとして御者台から降りると、急いで馬車の扉を開けた。

「ラフィティシア侯爵令嬢様!?だ、大丈夫ですか?」
「ありがとうございます、急ぎ侯爵家へ行って下さい」

ジルの言葉に頷くと、御者は急いで御者台まで戻り、扉が閉まるのを確認するとゆっくりと馬車を動かし始めた。



「ウルミリアお嬢様……」

ジルは、馬車の振動が伝わらないように自分の腕にウルミリアを抱き抱えたまま、そっと自分の腕の中のウルミリアに視線を落とす。

前髪を払ってやり、顔色を伺うが先程と同じで顔色に変化は無い。
手足も冷たくはなっていない。

(何の毒物を口にされたのだろうか──?)

ジルがそう考えていると、ふとジルの胸元のシャツがきゅっ、と弱々しく握られた。

「──っ!」

弾かれたようにウルミリアの瞳へと視線を向けたジルは、ゆっくりと瞳を開いたウルミリアの姿にほっと安堵の息を吐き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?

柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。  お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。  婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。  そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――  ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。

王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。 友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。 仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。 書きながらなので、亀更新です。 どうにか完結に持って行きたい。 ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。

【完結】大好きな貴方、婚約を解消しましょう

凛蓮月
恋愛
大好きな貴方、婚約を解消しましょう。 私は、恋に夢中で何も見えていなかった。 だから、貴方に手を振り払われるまで、嫌われていることさえ気付か なかったの。 ※この作品は「小説家になろう」内の「名も無き恋の物語【短編集】」「君と甘い一日を」より抜粋したものです。 2022/9/5 隣国の王太子の話【王太子は、婚約者の愛を得られるか】完結しました。 お見かけの際はよろしくお願いしますm(_ _ )m

処理中です...