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しおりを挟む蹲ったウルミリアに駆け寄ったジルは、自分が着ていた上着や手袋をいち早く脱ぎ捨て地面に放ると素手でウルミリアの背中を摩ってやる。
まだ薬草の採取を行う前とは言え、万が一葉の分泌物が自分の服に飛んでいたらウルミリアの側に寄れない。
そう判断したジルは急ぎ上着と手袋を脱ぎ捨てるとメイドに向かって手を伸ばす。
ジルの意図を汲んだメイドが急ぎ水の入ったピッチャーを手渡すと、蓋を開けたジルが自分の手のひらにその水を出すと先ずは自分がその水に唇を付ける。
(──こちらには、何も無さそうだな)
無臭、口に含んだ際に味の違和感も無く、水のピッチャーには何も入れられていない事を確認するとジルは手のひらに出した水を地面に一度捨ててから再度自分の手のひらに水を出してウルミリアに差し出す。
「ウルミリアお嬢様、私の手で申し訳ございませんが今は他の食器を確認する時間はございません。すぐに口内の洗浄を」
ジルはそう言うと、もう片方の腕でそっとウルミリアの顎を上げさせて唇を開かせると、自分の手のひらから水を流し込む。
問題無く水を含んだ事を確認すると、そのままウルミリアの頭を下に向けさせて唇を開かせ、水を吐き出させる。
「ウルミリアお嬢様、もう一度」
そして再度同じ手順でウルミリアに口内を洗浄させると、ぐったりと力を失ったウルミリアの体がジルの体にくたり、と凭れる。
「──ウルミリアお嬢様、お顔を失礼致します」
次いでジルはウルミリアの顔を上向かせると、顔色や瞳を確認する。
唇が微かに震えているが、唇の色は通常と変わらず健康的な色を保っている。
顔色も健康的な色を保ち、手足も冷えていない。
ジルは一先ず即効性の毒等では無かった事に安堵の息を吐き出すと、くたり、と力の抜けたウルミリアの体を抱き上げてその場に立ち上がった。
周囲は、ウルミリアとジルの様子にざわめいており、人が増えて来ている。
学園の授業中、白昼堂々と毒物を使用した事件が発生した。
その事に気付いた講師や教師陣も集まって来ており、ジルはちらりと周囲に視線を巡らせるとウルミリアの侍女の姿を視界に留める。
「ジルさん、この後の説明などは大丈夫なのでお嬢様を早く邸へ」
「──分かりました。後はお願い致します」
年配のその侍女にぺこり、と頭を下げるとジルは足早にその場から離れる為に学園の馬車停めの方向へと歩いて行く。
ラフィティシア侯爵家の迎えの馬車はまだ来る時間ではないが、学園内には何かあった時の為に自由に使える臨時の馬車が数台控えている。
乗り心地は侯爵家の馬車より悪いが、今はウルミリアを邸へ戻す事が最優先だろう。
あの場に居た他の使用人が医者と侯爵家へ連絡を入れているのを確認していた。
ジルは周囲に集まって来ていた生徒達の中に、ウルミリアの友人である者達を見つけて安心させるようにそちらに向かって一度微笑む。
そして、その生徒達の輪から離れた場所で立ち竦む人影を見付けた。
その影の持ち主は、先程ウルミリアに苦言を呈したテオドロンその人と、ラシェルだ。
ジルは僅かに瞳を細めてその表情を確認したが、テオドロンは感情の読めない表情のままただじっとウルミリアを見つめていて、隣に居たラシェルは遠目にも分かる程震えて、顔色を真っ青にしている。
ラシェルを気遣うでも無く、ウルミリアを心配している風でも無い様子のテオドロンにジルは得体の知れない薄気味悪さを感じたまま、顔を背けた。
走って馬車へと向かいたい所ではあるが、振動でウルミリアの体調が悪化してしまっては元も子も無い。
ジルは急ぎながらも丁寧な足取りで馬車留めへと向かっていた。
向かう途中、何度かウルミリアへ話しかけもしたが、はっきりとした返答は得られなかった。
(もし、ウルミリアお嬢様の身に何かあれば……)
ジルは自分の不甲斐なさに怒りを覚える。
学園内だからと慢心し、毒物の混入等すっかり頭から抜けてしまっていた。
まさか白昼堂々と毒物を混入する者が居るとは思わなかったのだ。
(これでは、ウルミリアお嬢様のお側に居る意味が無い……っ)
ギリっと唇を噛み締めると、微かに血の味がして眉を顰める。
そうして歩いている内に、馬車留めに到着するとウルミリアを抱き抱えているジルに気付いた学園の御者がギョッとして御者台から降りると、急いで馬車の扉を開けた。
「ラフィティシア侯爵令嬢様!?だ、大丈夫ですか?」
「ありがとうございます、急ぎ侯爵家へ行って下さい」
ジルの言葉に頷くと、御者は急いで御者台まで戻り、扉が閉まるのを確認するとゆっくりと馬車を動かし始めた。
「ウルミリアお嬢様……」
ジルは、馬車の振動が伝わらないように自分の腕にウルミリアを抱き抱えたまま、そっと自分の腕の中のウルミリアに視線を落とす。
前髪を払ってやり、顔色を伺うが先程と同じで顔色に変化は無い。
手足も冷たくはなっていない。
(何の毒物を口にされたのだろうか──?)
ジルがそう考えていると、ふとジルの胸元のシャツがきゅっ、と弱々しく握られた。
「──っ!」
弾かれたようにウルミリアの瞳へと視線を向けたジルは、ゆっくりと瞳を開いたウルミリアの姿にほっと安堵の息を吐き出した。
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