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しおりを挟むウルミリアをちらり、と見やるがウルミリアはしっかりとジルを見つめ返している。
「──ぅ……っ。ウルミリアお嬢様……そのような目で見られても……っ」
ジルは、何とかウルミリアを元いた場所に戻そうとあれこれ説得を続けるが、頷いてはくれない。
そればかりか、じっと無言で見つめ続けられてたじろぐ。
ジルがウルミリアに何を言っても頷いてくれ無いというのは分かっているのだが、ジルもどうしても諦めきれない。
そう思って、ウルミリアとジルが言葉を交わし続けていると、ジルが先程避けたい、と考えていた事が現実に起きてしまう。
二人が話していると後方から人の近付く気配がして、話し掛けられる。
「このような場所にまで入り込むなんて……。やはり君は貴族としての自覚が足りていないのだな……。君が僕の婚約者だなんて恥ずかしい限りだよ」
「──あら、テオドロン様」
ウルミリアの後ろから、テオドロンは呆れ果てたというような表情を隠しもせず、やはり隣にウルミリア以外の女性を連れながら話し掛けて来る。
テオドロンから貶すような言葉を言われても、ウルミリアは気にした素振りを見せずにけろっとそう言葉を返す。
その態度がまたテオドロンの癪に触ったのだろうか。
不機嫌そうに眉を寄せると、今度はテオドロンはジルへ視線を向けるが、その視線が非難めいている。
「──君はウルミリアの使用人だろう。主人を諌めるのも使用人の仕事の内だ。しっかりと自分の仕事をしたまえ」
「──……申し訳ございません」
テオドロンからは絶対に言われたくない、と言う言葉を言われてジルは不快な感情を何とか表に出さないように抑え込むとそっとテオドロンから視線を外した。
ジルのその態度にテオドロンは一瞬眉を顰めたが、次はウルミリアに視線を向けて唇を開こうとする。
だが、ウルミリアはテオドロンが何か言う前に先んじて唇を開くと、テオドロンへ遠回しに何処かに行ってくれ、と言葉を紡いだ。
「先程からジルは私に対して元の場所に戻るように、と言ってくれておりましたわ。ジルの言葉に逆らっていたのは私ですわ。ジルは何も悪くございませんので彼を責めないで下さいませ。──テオドロン様、私達これから場所を移動致しますので……」
「まったく……。君は……。僕に恥をかかせないでくれよ……。女性は女性らしく美しく着飾り、ラシェルのようにただ僕に寄り添っていればいいものを……そうだろう、ラシェル?」
「──ええ、まったくその通りですわ。テオドロン様。使用人達に混ざり、泥塗れになるなど貴族として……いえ、女性としてどうかと思いますわよ、ウルミリア嬢?」
テオドロンに話し掛けられたラシェルは、ウルミリアに向かって侮蔑の視線を送りながら最後の方は嘲り笑いながら言い放った。
「──……それでは、失礼致しますわね」
ウルミリアはラシェルの言葉には反応せず、テオドロンへ向かって一礼するとそのままくるり、と踵を返してジルや、他の使用人達の元へと向かって歩いて行く。
背後でラシェルが何やらまだ話しているがそれを無視して歩いて行った。
後からテオドロンに嫌味ったらしく文句を言われても構わない。
ウルミリアはラシェルに挨拶をされていないし、ウルミリアからラシェルに視線を向けてもいない。
侯爵家の令嬢であるウルミリアより伯爵家の令嬢であるラシェルの方が身分は低い。
身分の低い者から挨拶をするのは当たり前で、友人でもないラシェルがウルミリアに突然馴れ馴れしく話し掛けるのはいくら学園の中とは言え、失礼な行為にあたる。
そして、ウルミリアはジルと言う従者を学園に連れて来ている為、ウルミリアへ無礼な態度を取ったラシェルは必ず侯爵家当主であるウルミリアの父親へと報告されるのだ。
あの場所に居続けてしまったら、更にラシェルの無礼な対応が続きそうであった為、ウルミリアは敢えてラシェルの言葉を無視してその場を後にする為に移動した。
言うなれば、ウルミリアは彼女を「守った」のだ。
今はテオドロンが気まぐれにラシェルを気に入り側に置いているが、ラシェルに飽きたら?
テオドロンの後ろ盾が無くなってしまったら彼女は学園内で孤立する。
「──今までのテオドロン様の行動を見ていらっしゃらなかったのかしらね?」
ウルミリアは、誰に話し掛けるともなく呟く。
しっかりとウルミリアの後ろに着いて来ていたジルがその言葉に反応して、呆れたように返答した。
「恐らく、信じられぬ程記憶力が無いご令嬢なのでしょう。今までテオドロン様が飽きられたご令嬢方は尽く学園から姿を消しておりますからね」
自主的な退学か。
それとも侯爵家が手を回したか。
まだ学生であるウルミリアは家から詳細を伝えられていないが、確かに学園に入学してから二年。
テオドロンに気に入られ、側に置かれていた令嬢達はラシェルで九人目だ。
ラシェルの前に側に置かれていた令嬢達は皆、既にこの学園内にはいない。
「──彼女はどれくらい持つのかしらね?」
「さぁ……今までで最長ではございますが、何とも……」
公爵家嫡男であるテオドロンは、ウルミリアと初めて顔合わせを行った際に言い放った言葉通り、本当に様々な女性と沢山の恋を楽しんでいる。
ウルミリアは、何度家に相談しても、侯爵家から公爵家へ何度苦言を呈しても婚約を解消する事も出来ず、テオドロンの行動が変わる事も無い事に気付き早々にテオドロンと信頼関係を築く事を諦めた。
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