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しおりを挟む魔女の生まれ変わりが完了した。
シヴァラのその言葉を聞いたクリスタは、さっと顔色を変えてその場に勢い良く立ち上がった。
「……クリスタ様っ」
「離して頂戴、ギル」
クリスタの動きを遮るように、ギルフィードが歩きだそうとしていたクリスタの腕をぱしり、と掴む。
クリスタの横顔は焦燥感に満ち溢れている。
そして、どこかに行こうとしているのは明白で。
だからこそギルフィードは落ち着いた声でもう一度クリスタに話しかける。
「クリスタ様。その状態で、どこに行こうとしているのですか?」
魔力も奪われ、魔法を発動することが出来ないその身一つで一体どこに。
優しいけれど、どこか責めるような気配を孕んだギルフィードの声に、クリスタははっとする。
そうだ。
衝動的に動いてしまったけれど、私は今どこに行こうとしていたのか──。
クリスタは自分の腕を掴むギルフィードの手に視線を向け「ごめんなさい」と呟いた。
「……少し、取り乱したみたい……。ごめんなさい……」
「王城で、何か不測の事態が起きたと考え、無意識に体が動いてしまったのですね。……それは、分かります」
けど、とギルフィードは言葉を続ける。
「クリスタ様は今、ご自分の身を魔法で守ることが出来ません。それに、例え魔法を使うことが出来たとしても、魔術相手では魔法がどこまで通用するか……」
「──そう、よね……。そう……。嫌だわ、王城が危険に晒されていると分かった瞬間、無意識に駆け付けようとしてしまった……。もう、私はこの国の王妃ではないのにね」
長年、王妃としてこの国のために尽力してきたのだ。
頭では分かっていても、無意識に体が動いてしまう、と言うことだろうか。
ギルフィードが何とも言えない顔で、俯くクリスタの肩にそっと手を置いた。
そこで今まで黙って二人のやり取りを見つめていたマルゲルタがシヴァラに向かって口を開いた。
「……シヴァラ殿。それで、魔女の生まれ変わりが完了してしまったら……どうなるの? この国はもう、手遅れと言うこと?」
腕を組み、ソファに座したまま問うマルゲルタにシヴァラは「いや」と言葉を返す。
「魔女が生まれ変わった、とは言えその体は赤子だ。赤子の成長と共に魔女の記憶も蘇る、らしい」
「……ならば、まだ……赤子の今は魔女は記憶を完全に取り戻してはいない、と言うこと?」
「ああ……。詳細は不明だが、少なくともラティアスではそのように伝えられている」
「じゃあ……」
マルゲルタはその先を言葉にすることなく口を噤む。
マルゲルタが口にしなかったその先の言葉。
言葉にせずとも、部屋にいる一同はその言葉の先を容易に想像出来た。
記憶が蘇る前に。
赤子の魔女を。
「──……」
ぎゅう、と握り込んだクリスタの手を、ギルフィードの手がふわりと優しく包み込む。
クリスタもギルフィードの手を握り返したところで、重たい空気の中シヴァラがマルゲルタの言葉の続きを口にした。
「そうだな。……魔女の記憶を全て取り戻す前に、赤子を俺たちの手で屠るしか、ない……」
◇
重苦しい雰囲気の中、一同は支度を始めていた。
王城で異変が起きてから大分時間が経っている。
あの閃光の正体は分からないが、王都はまだ落ち着いている。
直ぐに騒ぎになっていないところを見ると、一刻を争うような事態にはなっていないのだろう。
敵に攻撃を受けた際の信号も発されてはいない。
国王、王族の身に何か起きた際の信号も出ていない。
(その信号を出す暇もなく、王城が陥落するとは考えにくいわ。ソニア……いえ、忌み物にそれだけの力があるなら、こんなまどろっこしいことをせずにきっと魔術の力だけで全てを遂行出来た筈だもの)
クリスタは王城に向かうための支度の手を止め、考える。
(王城には、攻撃を防ぐ強力な結界が張られているわ。いくら魔術の力が凄くても、一切抵抗が出来ないなんてことは有り得ないはず……魔法士たちと、陛下が魔法で抵抗すれば相手は一人だもの……簡単にやられてしまうとは思えないわ)
「クリスタ様」
長いこと、考え込んでいたのだろう。
クリスタは背後からギルフィードに話しかけられはっとして顔を上げた。
周りを見回してみれば、クリスタ以外の皆は既に準備を終えている。
考え事のせいで自分の準備が遅れていたことに気付いたクリスタは慌てて謝罪を口にした。
「ご、ごめんなさい考え事をしていて、遅くなってしまったわ」
「焦らなくて大丈夫です、クリスタ様」
「……ギル」
ギルフィードは外套を纏うクリスタの前を合わせ、外套の紐を結び、クリスタの特徴的な髪色が外套から零れてしまわないよう、後ろに流しフードを浅く被らせた。
「俺も、シヴァラ殿もクリスタ様の側にいますから」
「ええ……」
優しく微笑むギルフィードの顔を見あげ、クリスタは頷く。
クリスタとギルフィード、そしてシヴァラはマルゲルタ達とは別行動だ。
先日王城に招かれたマルゲルタとは違い、クリスタ達は王城に堂々と足を踏み入れることは出来ない。
他国の王族であるギルフィードと、魔法国家ラティアスの大魔法士のシヴァラも謁見の申請をしていないし、なにより、とクリスタはちらりとギルフィードを見上げて胸中で呟く。
(陛下は、昔からギルとぎこちなかったけど……今は険悪な仲になっている)
クリスタの視線を受け、ギルフィードは不思議そうに首を傾げた。
クリスタは何でもない、と言うように首を横に振ってマルゲルタに視線を向けた。
「マルゲルタ。別行動になってしまうけど……十分気をつけてね」
「ええ、大丈夫よクリスタ。魔術を使うのはあの寵姫だけでしょう? 魔術に関して知識は多少あるし……ユーゼスもいるからね。私たちは先に王城に入城しておくわ。中の様子を探っておくから、気をつけて来てね」
「ええ、ありがとうマルゲルタ」
二人は互いに手を握り合い、一足先にマルゲルタとユーゼスが部屋を出て行く。
先日、国王であるヒドゥリオンに謁見しているマルゲルタとユーゼスであれば怪しまれずに王城に足を踏み入れることは可能だ。
マルゲルタ達とは違い、クリスタとギルフィード、シヴァラはそうそう簡単に王城に入ることは出来ない。
元王妃とは言え、クリスタは不名誉な噂を流されているし、その噂を流している中心人物であるバズワン伯爵は宮廷内でもどんどん権力を得始めているらしい。
(今思えば……バズワン伯爵もきっとソニアと手を組んでいたのでしょうね)
マルゲルタ達を見送った後、クリスタ達も王城に向かうために侯爵邸の正門に向かう。
すると、そこで思いがけない人物がボロボロの姿で正門に辿り着き、馬からずしゃり、と滑り落ちた。
門番も突然の出来事に目を見開き、硬直している。
だが、クリスタはその人物を見た瞬間、弾かれたように走り出した。
ギルフィードも信じられない、といった表情でクリスタに続く。
「──キシュート兄さん!」
クリスタの叫び声がその場に響いた。
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