冷酷廃妃の誇り-プライド- 〜魔が差した、一時の気の迷いだった。その言葉で全てを失った私は復讐を誓う〜

高瀬船

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 キイン、と耳鳴りがして周囲の物音が一瞬にして消失する。

「──!?」

 ヒドゥリオンはソニアから逸らしていた顔を急いで元に戻す。
 耳鳴りが起こる寸前、ソニアが口にした言葉。
 確かに「魔術」と口にしていた。

 なぜ、ソニアが魔術を。
 魔術など、とうに滅びた古の魔法だ。
 タナ国の王族であったソニアが魔術の知識を得ていても不思議ではないが、それをなぜ「発動」することが出来るのか。

(それ、に……適性……? この女は、一体何を……!?)

 ぐわんぐわんと揺れる視界の中、ヒドゥリオンは必死に魔法発動のために魔力を練り上げ始める。

 ヒドゥリオンの目の前で、護衛や魔法士が一人、また一人と意識を失い床に倒れていく姿が見える。

(このままでは、不味い……。この耳鳴りをどうにかしないと……これは、精神干渉か!? 馬鹿な! 王城には精神干渉魔法を防ぐ魔法がかけられているというのに、なぜ……!)

 混乱しつつ、ヒドゥリオンは焦りからありったけの魔力を両手に集め、それを簡単な攻撃魔法として爆発させた。
 ヒドゥリオンの目の前で、嘲笑うかのように顔を歪め、笑うソニアに向かって。

 ヒドゥリオンの魔法発動は速く、防御する暇を与えない。
 魔力を練る速度も、魔法式の構築も他者には真似出来ないような速度だ。
 ヒドゥリオンはこの国の王族として生まれてから、魔法に関する研鑽も、努力も惜しまず魔法と向き合ってきた。
 この国の民を守るのは自分なのだから、と幼い頃から魔法学も、魔力の増幅も努力してきた。
 魔法発動にかかる時間はほんの一瞬。
 一瞬で魔法を発動出来るまでに努力したのだ。だからこそヒドゥリオンは自分の魔法がソニアに命中し、問題なく無力化出来ると疑いもしなかった。
 護衛や、魔法士達が少々怪我を負ったであろうが、それだけだ。
 そう、思っていた。

「──無駄なことを!」
「なに……!?」

 邪悪、とも呼べるほどのソニアの声音と、表情。
 嘲笑うかのようなソニアの声が聞こえたと思った瞬間、ヒドゥリオンの放った魔法はソニアに到達する寸前で、跡形もなく掻き消えた。

 音もなく、まるで始めから何も起きなかったかのように、ヒドゥリオンが発動した魔法がソニアの目の前で消失した。

「ああ、もう……。抵抗なんてしなければいいのに……」

 ぽつり、とソニアが呟き、赤子を抱いていない方の腕をおもむろに上げた。
 すっ、と伸びた指先はひたり、とヒドゥリオンに定められる。

「あの方のために、ヒドゥリオン様にはもう少しだけ生きていてもらわないと」
「……っ、なんだと……!?」

 にっこり。
 可愛らしい笑みを浮かべたソニアは、聞き取れない言語をその口から紡ぎ、そしてその一拍後。

 ソニアの指先から禍々しい色をした蔦がヒドゥリオンに向かって信じられない速さで迫った。

「──……っ」

 防御をしなければ。

 ヒドゥリオンは咄嗟に魔法を発動する。
 何でもいい、攻撃魔法であれば何でもいい。
 そう考え、放った魔法が蔦のような物に触れた。

 瞬間。
 ──カッ
 と、閃光のようなものが室内に迸り、堪らずヒドゥリオンは強く目を瞑った。


◇◆◇

 王城から離れた、クリスタの実家・ヒヴァイス侯爵邸。

 魔女についての話し合いを行っていたその時「それ」は起こった。

「──だから、魔女は……」

 シヴァラが魔女について、何かを発しようとした時、王城のある方向から眩い光が放たれた。
 部屋の室内までも、パッと明るく照らし、そして一瞬後その光は跡形もなく消える。

「なん、だ……今の光……?」

 室内にいた一同は唖然とし、一斉に部屋の窓に顔を向ける。
 光は、ほんの瞬きの間の一瞬。
 一瞬だけ辺りを明るく照らし、そして今はもう光は収まってしまっている。

 同じ部屋にいるマルゲルタも怪訝そうに眉を顰めており、彼女の護衛であるユーゼスは腰の剣にてをかけ、辺りを警戒している。
 ギルフィードもユーゼス程ではないが、警戒しつつクリスタの側に行き周囲の様子を探っているようで。

 そんな中、クリスタは先程の光が王城の方向から発生していることに胸騒ぎを覚えた。

「……魔女の話をしている時に、王城から得体の知れない光が放たれるなんて……。なんだか嫌なタイミングね」
「クリスタ様。今までこの国では似たようなことは無かったのですか? 何か……軍事訓練などで、大規模な魔法士の魔法訓練などは……?」

 ギルフィードの言葉にクリスタはゆるり、と首を横に振る。

「──国防に関わる事だから、詳しくは言えないけれど……。いくらなんでもこれほどの光を放つ魔法は、ないと思うわ」
「ならば……王城では今一体何が……」

 難しい顔で考え込むクリスタとギルフィード、二人を見ていたシヴァラは、シヴァラだけは「もしや」と先程の閃光が魔術によるものではないだろうか、と考えていた。

 魔女の血を引く、ラティアスの人間だからこそ感じ取ることが出来た、魔術の波長。
 魔法とも違う、体に流れる血液がちりちりと熱を持つような不思議な感覚。
 魔術を放つために放出した何者か──十中八九、ソニアの魔力なのだが。そのソニアの魔力と変に共鳴しているのかもしれない。

 シヴァラは無意識の内に自分の腕をもう片方の腕で抑えていたが、ふっと力を抜いてクリスタを見つめながら口を開いた。


「クリスタ。……もしかしたら王城で、魔術が行使されたのかも。……忌み物、が魔術を発動したのであれば、魔女の生まれ変わりが完了してしまったのかも……」
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