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◇◆◇

 クリスタの下に、魔法国家ラティアスの使節団に紛れ弟弟子がやって来る、という知らせが届いてから数日。

 ヒドゥリオンとの謁見を終えたマルゲルタと、ラティアスから使節団にこっそり紛れ、やって来た弟弟子、シヴァラがクリスタの実家ヒヴァイス侯爵家の門の前で鉢合わせた。

 この国では見慣れない、他国の服を身に纏った両者はお互いに訝しげに視線を交わし合う。

 マルゲルタの前に護衛のユーゼスがすっ、と音もなく彼女を守るように立ちはだかり、対して正面のシヴァラはユーゼスの態度に不快感を顕にして眉を寄せる。

「……ここに何の用だ?」

 むっとした表情のまま、シヴァラは低い声でユーゼスに話しかける。
 するとシヴァラの不遜な態度にユーゼスもまた、不愉快そうに眉根を寄せた。

「……お前の目の前にいらっしゃるこのお方は、お前が想像も出来ないほど、高貴な身分のお方だ。頭を垂れろ」
「──何だと……? 貴様こそ、俺を誰だと思っている」

 マルゲルタ、シヴァラ共に密かにクリスタに会いに来ているため、堂々と素性を明かせない。
 そのため、両者が睨み合い一歩も引かぬ緊迫した空気が漂っている中、邸の中からマルゲルタとシヴァラの到着が見えたのだろう。
 慌てた様子でクリスタが駆け寄って来るところが見える。

「──マルゲルタっ、シヴァラ……!」

 背後から聞こえてきたクリスタの声に勢い良く反応し、シヴァラは振り返ると同時に駆け出す。
 シヴァラの様子に驚き、一歩出遅れてしまったマルゲルタは胸中で舌打ちした。

「……しまった! あれは私と同族だわ……っ!」
「え……? 王女殿下、それはどう言う……」

 悔しげに叫んだマルゲルタの言葉に、彼女を庇うように立っていたユーゼスがきょとんと目を瞬かせる。

 不思議そうにしているユーゼスをそのままに、マルゲルタも一歩遅れつつ、クリスタに向かって走り出す。
 だが、前を行くシヴァラの方がクリスタの側に辿り着く方が断然早い。

 シヴァラに向かって嬉しそうに表情を輝かせるクリスタが、両手を広げている。
 そして、両手を広げるクリスタに向かって躊躇いもせずシヴァラが飛び込んだ──。

 ところで、クリスタの隣にいたギルフィードがクリスタとシヴァラの間に体を割り込ませ、シヴァラを受け止めた。

「──ちっ! 俺とクリスタの再会の邪魔をするな貴様! クリスタ、この男は一体誰だ?」
「まさか、クリスタ様に抱きつこうとしたのか……? クリスタ様、まさかこの男性が以前言っていた……?」

 ギルフィード、シヴァラ両方から顔を向けられ、クリスタはシヴァラを受け止めるために広げていた両腕を下げて困ったように笑った。


◇◆◇

 再会を喜ぶ暇もなく、クリスタ達は急いで応接室に移動した。

 改めて顔を合わせたマルゲルタ、シヴァラ、ギルフィード達はクリスタから紹介を受け、今は落ち着いてソファに座っている。

 各々が一呼吸つき、落ち着いた頃合を見てクリスタが口を開いた。

「シヴァラ、久しぶりね。最後に会ったのは五年前だから……貴方が十二歳の時だったかしら?」
「やっと会いに来ることが出来たよ、クリスタ! もっと早く連絡をくれれば良かったのに……。水臭いな、そんなところは全然変わっていないな」
「ふふ、シヴァラは随分お兄さんになったわね。会えて嬉しいわ」

 クリスタの優しい笑みに、シヴァラは照れくさそうに笑顔を返す。
 白銀の髪の毛から覗く金色の瞳が嬉しそうに緩み、白い頬はほんのりと赤く染まっている。

 クリスタとシヴァラ、二人の様子を少し離れたソファから、ギルフィードは半眼でじとっとした瞳で見つめる。
 「人たらしめ」と呟いたギルフィードの声は近くに座っていたマルゲルタとユーゼスの耳にしっかり届いていたようで、マルゲルタからは「まったくだわ」と同意を返され、ユーゼスからは哀れみの籠った目で見られる。


 クリスタとシヴァラ。
 同じ人物を師と仰ぎ、仲も良いのだろう。
 五年前の姿であれば可愛らしい姉弟子と弟弟子の姿であっただろうが、五年経ち、少年だったシヴァラが十七にもなれば、昔のようにクリスタ相手に振る舞うのは頂けない。

(それに、クリスタ様もクリスタ様だ……。仲が良かったのだろうが、弟弟子はもう十七……婚約者や、早ければ結婚だってしていてもおかしくない年齢だ。それなのに、そんな男を相手に抱き合おうとしていたなんて……!)

 ヤキモキしているギルフィードや、自分より仲良さげにしているクリスタに焼きもちを焼いているマルゲルタ二人を意に介せず、クリスタとシヴァラは楽しげに会話を続けている。

「そりゃあ……五年も経ってるんだから、俺だって成長するよ。クリスタは、昔から綺麗だったけど五年経ってもっと綺麗になったな」
「ふふっ、ありがとうシヴァラ。私も頼れるお姉さんになれたかしら?」
「クリスタは昔から頼れる女性だったさ。……それはそうと……」

 和やかに会話をしていたシヴァラの声が突然低くなる。
 そして、つい、と目を細め真剣な表情と声音でクリスタに向かって問いかけた。

「──クリスタから、魔力を全く感じない。……何が起きた?」
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