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しおりを挟む王女殿下、と呼ばれた女性はクリスタの実家ヒヴァイス侯爵家を訪問した。
そして、今は侯爵家の応接室。
クリスタの両親は緊張した面持ちで向かいのソファに座っていた。
王女は出された紅茶のカップに口を付け、両親を真正面から見つめ微笑む。
「──で? クリスタは、なぜ邸にいないのかしら?」
「そ、それが……」
微笑みを浮かべてはいるが、目は笑っていない。
声は硬く張り詰め、低い。
どこからどう見ても王女という女性は怒っている。
その様子が見てとれて、クリスタの両親は泣きたくなってきてしまう。
両親の目の前にいる女性は、マルゲルタという女性だ。
北大陸にある、広大な国土を持つティータ帝国の王女である。
年はクリスタと同じ二十二歳。
クリスタが王妃として他国と外交を行っていた時に意気投合し、それ以来、友人としても、他国の王族としても良い関係を築いている。
マルゲルタの座るソファの後ろに控えていた護衛が、クリスタの両親に憐れんだ視線を向ける。
すっかり萎縮しきってしまっていて、王者の風格といったマルゲルタの雰囲気に威圧されてしまっている。
「王女殿下……。先ずはクリスタ様の行方を……」
腕を組み、じっと両親を見つめているマルゲルタの背後から近寄った護衛は情報を聞き出すことが先月では? と耳打ちする。
護衛の言葉にはっとしたマルゲルタは「そうだったわね」とソファに座り直し、ゆったりと足を組みかえる。
「ヒヴァイス侯爵。クリスタはどこ? 私はクリスタに会いに来たの」
高くもなく、低くもないマルゲルタの声が静かな応接室に響く。
威厳に満ちたマルゲルタの声に、クリスタの父はごくり、と喉を鳴らし躊躇いがちに口を開いた。
「王女殿下──、クリスタは、国内にいません……」
「国内にいないですって? どういうこと?」
「クリスタは現在、クロデアシアの第二王子と共に元タナ国、城跡に……」
「何ですって!?」
父親の言葉に、マルゲルタは驚きに満ちた声を上げる。
後ろに控えていた護衛も父親の言葉に驚き、目を見開いた。
「なぜ、そんな無茶なことを……。クリスタ自ら足を運ぶ必要がないじゃない……!?」
無駄足になってしまったの!? と護衛を振り返るマルゲルタに、護衛もどう返答したらいいものか、と肩を竦める。
誰か人をやり、調べればいいものをクリスタは危険な場所に自ら足を運んでしまっているらしい。
「そう、そうなの……。それじゃあクリスタと会うことは難しいかしら……? 戻ってくるのはまだ先になるの?」
「いえ……。クリスタが邸を出てから二十日ほどが経過しております……。あの場所が危険なことはクリスタ本人も承知しておりますので、長時間滞在はしないかと……」
「あら。なら、少し待てばクリスタは戻ってくるかしら……? それなら、少しここで待たせてもらっても? せっかくここまで来たのだから、クリスタと会って話をしてから国に戻るわ」
いいかしら? と訪ねてはいるものの、マルゲルタ本人はこの邸に滞在するつもりだろう。
父親の返事を聞く前に護衛に滞在のための指示を出し始める。
マルゲルタの提案を断れる訳がない父親は、深く頷き、マルゲルタの滞在する部屋の支度を使用人に命じた。
◇
侯爵家の客間。
客間の中でも一番豪華で、身分の高い人物が宿泊するに相応しい室内で、マルゲルタは部屋の中を見回して満足そうに頷いた。
「王女殿下」
「──あら、なあに? ユーゼス」
先程からマルゲルタの側に控えている護衛の男──ユーゼスは、室内で寛ぐマルゲルタに声をかける。
するとマルゲルタはにこやかに笑みを浮かべユーゼスに言葉を返す。
「クリスタ様の身に一体何があったのですか? ディザメイアに入るなり、平民が口にする名前はソニア、と言う聞きなれない女の名前ばかり……。平民の口からクリスタ様のお名前は殆ど出ません」
「……そうね。国を出る前に調べてみたところ、どうやらこの国の王は滅びた国の王女に入れ込み、クリスタを排除しようとしたみたい」
本当、馬鹿げているわよね。と自分の髪の毛をばさっと払うマルゲルタに、ユーゼスは呆気にとられたようにぽかんとしてしまう。
「クリスタ様を排除……? そんな愚かなことを……?」
「ええ、そうみたい。それで、クリスタは自分と縁のある国や人に手紙を出していたみたいね。もっとも、私には他の人間に宛てた薄っぺらい内容じゃなくて、力になって欲しいことがある、とクリスタから願われたのだけどね……!」
だから、持参したのよ、とだけ告げるとマルゲルタはソファから立ち上がり、自分の荷物の方へ向かう。
そして持ち込んだ大きめのケースを魔法で解錠し、中から一冊の本を取り出す。
その本の表紙を目にしたユーゼスはぎょっと目を見開き、悲鳴のような声を上げた。
「──それは! 我が国の持ち出し禁止の書物じゃないですか!?」
「ええ、そうね。父上には許可を取っているから問題ないわ。クリスタが必要かと思ったから持ってきたのよ」
ユーゼスの慌てふためく態度をものともせず、マルゲルタは得意げに笑っている。
マルゲルタの手には、古代文字で「魔術と歴史」と書かれた本が握られていた。
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