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 クリスタの目の前で扉が閉じられた、その次の瞬間には中からけたたましい戦闘音が響く。

 魔法の発動音や、獣の咆哮、そして室内から断続的に聞こえてくる爆発音にクリスタはじりっ、と一歩程後退してしまう。

「大丈夫ですか、クリスタ様……」
「え、ええ……大丈夫、大丈夫よ」

 心配した護衛が気遣うように声をかけてくれる。その事に感謝しつつクリスタは笑顔を顔に張り付け何とか気丈に振る舞う。

「今回は……、ギルも居るもの……キシュート兄さんとギル二人が居るならきっと大丈夫だわ……」

 あの二人の実力は良く知っている。
 魔力の高さも、攻撃魔法の発動速度も、そして強力な攻撃魔法を得意としている事も良く知っている。

 けれど。
 クリスタ自身も自分もあの部屋に入れていれば、と歯噛みする気持ちは抑える事は出来ない。

 魔力さえ失っていなければ。
 魔力をソニアにさえ奪われていなければ。
 自分の魔力を奪われているその違和感に気付けてさえいれば。

「こんな所で……皆の無事を祈る事しか出来ないなんて……っ」

 クリスタは自分の不甲斐なさと、そして自分の魔力を奪い取ったソニアへの怒りにぐしゃり、と自分の前髪を強く握り潰す。




 扉の奥から聞こえていた戦闘音が次第に小さくなっていく。
 そしてその戦闘音が小さくなっていく事に比例して、獣の咆哮も聞こえなくなってきて。

「……っ、無事かしら……」

 そわそわ、と落ち着きなく扉の前を行ったり来たりしていたクリスタは、扉に向き直りじっと耳をそばだてる。

 ──すると。

 ガチャ、と向こう側から扉が開き、クリスタは身を乗り出した。

「──えっ、わ……っ!」

 向こう側から扉を開けた人物は、扉の直ぐ側にクリスタが居るとは思わなかったのだろう。
 身を乗り出したクリスタと、扉からクリスタ達が待っているスペースにその人物も身を乗り出したため、二人はぽすん、とぶつかってしまう。

「す、すみませんクリスタ様……! 大丈夫ですか?」
「──ギルっ!」

 扉を開けて、真っ先に身を乗り出したクリスタを受け止めたのはギルフィードで。
 クリスタは自分を優しく受け止めてくれたギルフィードの無事が知れてぎゅっ、と抱き着いた。

「良かった、良かったギル……! 無事ね!? キシュート兄さん、キシュート兄さんも無事!?」
「──……あっ、」

 クリスタの抱擁に応えようと、ギルフィードもクリスタを抱き締め返そうとした所で彼女はするり、とギルフィードの腕の中から出て行ってしまう。
 ギルフィードは抱き締め返そうと宙に浮かした腕をそのままにぽかん、としてしまって。

 そしてギルフィードの何とも言えない、情けない姿はクリスタを守るために残していた護衛二人にしっかりと見られてしまった。

「……」
「……」
「……その、我々は何も……」

 三人の間に何とも気まずい空気が流れ、護衛はギルフィードから顔を逸らして弁解のような物を口にする。

 何とも言えない空気に、ギルフィードは羞恥心に苛まれながらクリスタが入って行った部屋の中に視線を戻す。

 すると、キシュートの無事を喜ぶようにクリスタがキシュートに抱き着いて居る姿が目に入り、ギルフィードは何となくその光景が面白くなくて。
 若干不貞腐れつつ、部屋の中に戻った。




 部屋の中心部に集まった面々は、獣の死骸を記憶装置にしっかり納めた後、死骸を火魔法で焼いて行く。
 死骸から何か害のある物質でも出て来たり、人体に有害な何かがあったら不味いと言うのはキシュートの案だ。

 そうして、獣を粗方片付けたクリスタ達はこの場で命を落としてしまったキシュートの護衛達の亡骸の前で両手を合わせた後、丁重に弔った。

 長くこの場に置いておく事が出来ないため、遺骨と護衛達の長剣、そして装飾品だけを自国に持ち帰る準備を終えたクリスタ達は周囲を見回した。

「……薄暗くてあまり視界が良くない。灯りをつけようか」

 ギルフィードの指示に従い、護衛が火魔法を放ち周囲を明るく照らす。

「……なるほど、この部屋は大分広かったんだな」
「ああ。戦闘中は周囲にまで気を配れなかったが……大分広い。──あれは何だ?」

 キシュートとギルフィードは交わしていた言葉をぴたり、と止めてある場所を見詰める。

 二人が見上げている方向にクリスタも自分の顔を向けて、そしてその場所にある物を見て目を見開いた。



「──肖像、画……?」

 壁に掛けられた大きな大きな肖像画。
 そこに描かれているのは女性だ。

 だが、その女性に誰も見覚えが無い。
 けれど女性が身に付けているのはとても豪華な装飾品、煌びやかな宝石類に美しいドレス。

「タナ国の王族、かしら……?」

 ぽつりと呟きながらクリスタはその肖像画を良く見るために一歩、二歩と近付いて行く。

 そしてギルフィードとキシュートが居る場所に近付いたクリスタは、二人が驚きに目を見開いている事に気付く。

「──え、?」

 二人の視線は肖像画のある部分に注がれていて。
 クリスタも二人に倣い、そちらを見た。

 そして二人と同じように言葉を失う。



 肖像画の右下には、その肖像画のモデルになっている女性の名前がはっきりと刻まれていた。

 ──「ソニア・シンファ・タナ」と。

 見知らぬ女性が美しい微笑みを浮かべ、クリスタ達を見下ろしていた。
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