冷酷廃妃の誇り-プライド- 〜魔が差した、一時の気の迷いだった。その言葉で全てを失った私は復讐を誓う〜

高瀬船

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 侯爵邸を出立して、二日。
 道中、特に問題が発生する事なく行程通り進み、クリスタとギルフィードは予定していた時間より少し早めに小さな町の宿屋に到着した。

「クリスティー様。今日はここで早めに休む事にしましょう」
「ええ、そうねギル」

 二人は邸を出てから偽名で呼び合っていた。
 まさかこの国の元王妃と、クロデアシアの王族がこんな場所に居るとは思われないだろうが念には念を入れて自分達の正体がバレてしまわないよう慎重に行動していた。

 クリスタと、ギルフィード。
 二人の名前、ギルフィードの名はともかくクリスタの名前はこの国では少し目立ってしまう。
 しかも、これからは恐らく小さな町や村にも王都での騒ぎは段々と広まって行くだろう。
 きっと、クリスタ達が目指しているこれから向かう国境付近の村にもその噂は広まるだろう。



 宿に到着し、外套を脱いで荷物を置く。
 クリスタが髪の毛を一つに纏め、頭の高い位置で結い上げた所で扉がノックされた。

「……はい?」
「クリスティー様、私です」

 一瞬警戒したクリスタだったが、扉の奥から聞こえて来た男の声がギルフィードのものであると分かった瞬間警戒を解き、扉を開けた。

「どうしたの、ギル?」
「──っ、あの……部下達に、これから買い出しに向かってもらおうと思っているのですが、クリスティー様は何が町で買い物などありますか?」
「……そうね。宿に居ても時間を持て余してしまいそうだし……行こうかしら」
「ならば、私もご一緒します」
「ありがとう、ギル」

 トントン、と宿屋の階段から降りながらクリスタは「そう言えば」とギルフィードに振り向き、少し距離を縮めてこそりと話しかけた。

「ギル、その話し方どうにかならない? 私達は行商人に扮しているのだし、私達の設定はこの商団を継いだ夫婦の設定でしょう? 敬語を使っていると、よそよそしいわ」

 何とかならないの? と言うようなクリスタの視線に、ギルフィードはぐっと言葉に詰まってしまう。

 クリスタ相手に敬語を抜いて話すなど、今まで考えられなかった行為だ。
 そんな失礼な事をしてしまっていいのか、と言う気持ちと、設定とは言え幼い頃から恋慕の情を抱いていたクリスタと、夫婦として接すると言う事にギルフィードは表面には出していないが、邸を出てから大いに混乱していた。

「で、ですが……」
「それに、行商人が自分の事を私、と言うかしら? 高い身分と言うのを隠さなくてはいけないのだから、普段通りでいいのよ?」
「う、うう……」

 ひそひそと小声で話すため、距離を詰めるクリスタにギルフィードは赤くなったり青くなったりと忙しい。
 クリスタは困ったように笑いながら、「追々慣れてくれれば良いわ」と告げて宿を出た。



 宿に到着したのはまだ日が落ちる前だったのに、宿を出ると空が茜色に染まっていた。

 もう日が落ち始めているのか、とクリスタは空を見上げる。

「クリスティー様?」
「──え、ああ。ごめんなさい……。夕焼けってこんなに美しかったのね……凄く久しぶりに見た気がして……」

 こんなに綺麗な夕焼けを見たのは久しぶりか、初めてかもしれないとクリスタは暫し空を見詰め、その美しさに見惚れる。

 実際、この国の王妃として過ごして来たクリスタにはのんびりと空を見上げて感動に胸を弾ませると言う暇は殆ど無かった。
 この国のため、王妃として出来る事を日々模索し、追われるようにここ数年間生きて来た。
 そして、ソニアがやって来てからは。
 怒涛の日々を過ごして来たのだ。
 何かに感動し、胸を震わせる事なんて無かった。
 ただただ必死に毎日を過ごして来ただけで。

 けれど、今クリスタの目の前には美しい夕焼け空が広がっていて。
 そして、自分の隣に居るのはギルフィードで。

 クリスタは自分の斜め後ろに居るギルフィードに視線を向ける。
 ギルフィードもクリスタに倣うように夕焼け空を見詰めていたが、クリスタの視線に気付き、優しい瞳で不思議そうに見詰め返す。

「どうしました……?」
「いいえ、何でもないわ。行きましょうか、ギル」

 クリスタは笑顔で首を横に振り、ギルフィードの手を取って町に向かって歩き出した。



 町の宿屋の食事処では、酒を煽る男達がこの国の王族に対する噂話を面白おかしく話していた。

 王都では国王の寵愛を独り占めしている寵姫に嫉妬し、怒り狂った王妃が寵姫を追い出そうとしたが逆に貴族達の反発に合い、王妃の方が追い出されそうだ、と。
 そんな噂話を酒の肴として面白おかしく話している声が、笑い声と共にどっ、と食事処で響いた。
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