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ぐしゃり、と手の中の小さな紙を握り潰し、ギルフィードははっとしてたった今握り潰してしまった紙を慌てて伸ばした。
「ギルフィード王子? どうかした……?」
室内で外套を纏い、最終確認をしていたクリスタがギルフィードの行動に不思議そうな顔をする。
クリスタと同じく揃いの外套を纏ったギルフィードが無言でクリスタに近付き、手の中にあったくしゃり、と歪んだ小さな紙片を差し出した。
「……何かしら、文字?」
「王城にいる、私の部下からの報告です」
「──っ!」
見てもいいの? と視線で問うクリスタに、ギルフィードは静かに頷き、手渡す。
ギルフィードに報告を送って来たのはソニアの侍女に扮した部下だ。
その部下から、ソニアが自分の魔力ともう一人の侍女から魔力を奪った、と言う報告が書かれていた。
そして、その部下いわく。
恐らく城内の他の使用人や、城に上がっている貴族達からも極々少量の魔力を腹の子のために奪っている可能性がある、とその危険性が示唆されていた。
「──これは……っ」
クリスタも内容に目を通したのだろう。
驚きに目を見開き、ギルフィードに顔を向ける。
ギルフィードは真剣な顔でこくりと頷いてからクリスタから報告の手紙を受け取り、火魔法でその紙片を跡形もなく燃やした。
「……クリスタ様が城を去られてから、良くない事が起きているようです」
「けれど……。ソニア妃がそんな事をしている、なんて言っても誰も信じてくれないわ。証拠が無いのだもの……」
「ええ。そうなんですよね……。私の部下も魔力を視る事が出来る、と言うだけ……。その魔力の流れを誰にでも視えるよう可視化する事は不可能ですから」
本当に魔女のような女だ、とギルフィードが呟いた言葉に、クリスタはぴくりと反応する。
──魔女。
今はもう存在していないと言われているが、長い歴史を持つ国には時折古い文献に「魔女」の存在が綴られている。
「魔女」と言う存在は、人間よりも長い年月を生きる化け物だ、と記されているらしいが、残念ながらクリスタの国、ディザメイアには魔女に関する文献は一つも無い。
クリスタがまだ王妃となる前。
ヒドゥリオンの婚約者と言う立場の時に他国に渡った事がある。
見聞を広げるため、短い期間に歴史の長い北大陸のある国に渡った時にその国の侯爵家から古い手記を見せてもらった事がある。
そこに、少しだけ記載されていた「魔女」と言う言葉と、存在、そして魔女についての数少ない情報。
だが、手記に記載されていた魔女についての文章はまるで御伽噺の中に出てくる非現実的な存在で。
常識とは掛け離れた存在として記されていた。
けれど、それも北大陸。
これは偶然か、必然か。
タナ国の城壁から見つかった古代文字は北大陸と関わりがあるのかもしれない。
そう、話した矢先に「魔女」と言う単語がギルフィードの口から出たのだ。
クリスタはきゅっと唇を噛み締め、最後に腰のベルトに短剣を通す。
そしてそれを隠すようにして外套を調整してギルフィードに向き直った。
「行きましょうか、ギルフィード王子」
「ええ。道中、何があるか分かりません。クリスタ様、本当に良いんですね?」
「勿論よ。キシュート兄さんを迎えに行かなきゃね」
真剣な表情を浮かべるギルフィードに、クリスタは勝気な笑みでもって返答する。
クリスタとギルフィードは今日、キシュートから漸く連絡があり、彼を迎えに行く。
タナ国からの脱出に時間が掛かり、怪我人も多いらしい。
そしてタナ国の城跡から持ち出した物を一刻も早くクリスタに見てもらいたい、と連絡があった。
それはやはりキシュートにも解読出来ない代物らしく、クリスタならば解読出来るかもしれない。
そして、それは見知らぬ「誰か」に奪われる可能性があるからと、危険は承知だがクリスタ自身に確認して欲しいと連絡が入った。
まだ国境付近の村に滞在しているらしく、そこで落ち合う事になった。
向かうのはクリスタとギルフィードを含め、十名にも満たない少数精鋭で向かう。
道中、何があるか分からないがキシュートと合流さえしてしまえば戦力は十分である。
クリスタが個人的に行動している、と王城にいる者に知られぬようクリスタ自身も旅人に扮して、侯爵家を出立する事に決めたのだ。
クリスタとギルフィードは夜闇に紛れてひっそりと侯爵邸を後にした。
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