75 / 115
75
しおりを挟む(私の魔力を奪い、私の今の状況がどうなっているか、分かっている筈なのにこんな事を言うの……!?)
無害そうな顔をして、確実に自分を追い詰めようとしているソニアにぞくりと寒気を覚える。
可愛らしく小首を傾げ、腹の子のためにお祝いを頂きたいのです、と言うような態度にクリスタはじり、と後退る。
ソニアの願いは周りの者から見れば至極当然の願いのように見えるだろう。
過去、このディザメイア王国でも複数の妃が居た。
一人の国王に複数の妃が居るのは当然の事でもある。
数多く、王族の血筋を残す事は必要で。
王妃の子が跡継ぎとなる事が殆どではあるが、王妃の子の補佐を行うのが他の妃の子達でもある。
それに、王女が生まれれば他国との繋がりをより強固とするために嫁がせる事も多い。
現王のヒドゥリオンと、現王妃であるクリスタの間に未だ子が居ない事からここ数年はそう言った事が行われる事は無かったが、過去は何度も似たような事が行われていた。
そして、クリスタが躊躇っているのが分かっている筈なのに何故躊躇うのか、ヒドゥリオンは不思議そうにしていて。
「ソニアがこう言っているのだ。子に祝いの造形魔法を見せてやっても良いだろう?」
あっさりとこのような事を宣う。
「──っ、それ、は……そうですが……っ」
だが、クリスタには今魔力が殆ど残っていないのだ。
それを分かり、理解しながらそのような願いを口にするソニアにクリスタは悔しさに奥歯を噛み締める。
王妃でありながら、この場で簡単な造形魔法の一つも発動出来なければ周囲に居る貴族達にどのような印象が植え付けられてしまうか。
(──ああ、そうか……。植え付けたい、のね……)
魔法を発動する事が出来ない約立たずの王妃だ、ときっとソニアは周囲に知らしめたいのだろう。
そして、約立たずの王妃の地位を──。
ソニアはヒドゥリオンに肩を抱かれ、支えられながらゆるりと口元を笑みの形に歪め、何とも言い難い恐ろしい笑みを浮かべている。
この場で、ソニアに魔力を奪われたと言っても証拠が無い。
証拠はソニアの侍女に扮したギルフィードの部下だけであり、ソニアに喰われたクリスタの魔力を可視化する事は極めて難しい。
どうやってこの状況を切り抜けようか、とクリスタが考えていると、ソニアを援護するかのようにバズワン伯爵がゆったりと進み出てきた。
「王妃殿下。この国に、国王陛下のお子様が初めて誕生するのです。これ程におめでたい事は近年無かったでしょう? ……お気持ちは察しますが……、ここは一つ王妃殿下の寛大なお心で祝いを贈っても良いのではないでしょうか?」
「──バズワン伯爵」
バズワンの言葉に、集まっていたディザメイアの貴族達もそれもそうだ、と頷いている。
大きな発言力のあるバズワン伯爵がそう口にした事で、益々クリスタに視線が集中して。
誤魔化す事も出来ない、と覚悟を決めたクリスタはぎゅう、と一度拳を握り締めた。
壇上から降りたギルフィードが助けに来てくれそうな気配を見せているが、この状況でギルフィードが来てしまってはあらぬ疑いを抱かれる。
視線だけでその場にギルフィードを留まらせると、クリスタはヒドゥリオンとソニアに顔を向けて口を開いた。
「……申し訳無いけれど、ソニア妃の願いは聞けないわ。……贈りたくとも、今は造形魔法を贈る事が出来ないのよ」
「……? どう言う事だ、王妃」
クリスタの言葉に、ヒドゥリオンは首を傾げて訝しげに言葉を返す。
幼い頃から二人で過ごす事が多かったため、ヒドゥリオンはクリスタの魔法の腕がどれだけ素晴らしいかを知っている。
だからこそ、簡単な造形魔法すら今は贈る事が出来ないと言ったクリスタの言葉が納得出来なかったのだろう。
クリスタの返答を変な方向に曲解したヒドゥリオンはむっと不機嫌そうに表情を歪め、咎めるようにクリスタに向かって言葉を紡いだ。
「──まさか、自分よりも先に懐妊した事が腹ただしくてそのような事を言っているのではあるまいな? そのようなつまらない事で拒否しているのか?」
「そのようなつまらない事をする訳がございません、陛下。ただ、本当に……今は魔法を発動する事が出来ないのです」
クリスタが「魔法を発動出来ない」と口にした瞬間、周囲が困惑する気配が伝わって来る。
ざわざわ、と集まった貴族達が囁き合い戸惑いの声を上げている。
疑惑の視線、蔑むような視線、嘲笑するような視線。
そんな様々な視線に晒され、クリスタはソニアが本当に目的としていた事を悟り、「見事ね」と心の中で笑った。
王妃としての地位は揺るがない、と思っていた。
それなのに今では貴族達の関心はいつの間にかソニアに集まっていて、気付けばクリスタはこの国で孤立してしまっている状態だ。
それでも、幼い頃から王妃としての教育を受け、ヒドゥリオンと過ごす時間も長く、この国のために二人で頑張って行こうと何度も言い合った。
だから国民から背を向けられても、例えヒドゥリオンに他の妃が出来たとしてもクリスタの地位は、王妃としての自分の居場所だけは揺るがないだろうと慢心もあった。
そう、油断をしてしまっていた。
まさか、自分が王妃としての地位を剥奪される可能性があるなんて考えようも無かったから。
「魔法が、発動出来ないとでも言うのか──……?」
だから、信じられないと言うように真っ青な顔でぽつりと呟くヒドゥリオンの瞳が揺れた事に、クリスタは視線を落とした。
42
お気に入りに追加
2,053
あなたにおすすめの小説
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】この地獄のような楽園に祝福を
おもち。
恋愛
いらないわたしは、決して物語に出てくるようなお姫様にはなれない。
だって知っているから。わたしは生まれるべき存在ではなかったのだと……
「必ず迎えに来るよ」
そんなわたしに、唯一親切にしてくれた彼が紡いだ……たった一つの幸せな嘘。
でもその幸せな夢さえあれば、どんな辛い事にも耐えられると思ってた。
ねぇ、フィル……わたし貴方に会いたい。
フィル、貴方と共に生きたいの。
※子どもに手を上げる大人が出てきます。読まれる際はご注意下さい、無理な方はブラウザバックでお願いします。
※この作品は作者独自の設定が出てきますので何卒ご了承ください。
※本編+おまけ数話。
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。
わたあめ
恋愛
ジェレマイア公爵家のヒルトンとアールマイト伯爵家のキャメルはお互い17の頃に婚約を誓た。しかし、それは3年後にヒルトンの威勢の良い声と共に破棄されることとなる。
「お前が私のお父様を殺したんだろう!」
身に覚えがない罪に問われ、キャメルは何が何だか分からぬまま、隣国のエセルター領へと亡命することとなった。しかし、そこは異様な国で...?
※拙文です。ご容赦ください。
※この物語はフィクションです。
※作者のご都合主義アリ
※三章からは恋愛色強めで書いていきます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
旦那様に離縁をつきつけたら
cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。
仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。
突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。
我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。
※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。
※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる