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「クっ、クリスタ王妃……!?」

 突然のクリスタの行動に、ギルフィードが顔を真っ赤にしてぎょっと目を見開く。
 自分の服をたくし上げるクリスタの腕を慌てて掴んだギルフィードは、自分の腹部を見詰め顔色を真っ青にさせているクリスタを見てバツが悪そうに顔を逸らした。

「な、何これ……」
「見苦しい物を……すみません……」
「そんな事よりも……! どうして腹部がこんな事になっているの!? 何があったの!?」

 クリスタは慌ててギルフィードの腹部に自分の手のひらを翳す。
 クリスタも、ギルフィード程では無いものの少しは治癒魔法を扱う事が出来るため、急いで治癒魔法を発動したがクリスタの手のひらから白く清廉な光が放たれたと思った瞬間、その光はぱっと瞬く間に散ってしまった。

 治癒魔法は、自分自身にかける事が出来ない。
 そして、治癒魔法はとても繊細な魔力調整と適性が無ければ発動する事が出来ない。
 治癒魔法といっても万能では無く、医学の知識が無い者が使う治癒魔法は表面上の簡単な傷しか癒す事は出来ないが、それでも今はギルフィードの腹部に出来た惨い傷跡に治癒魔法はある程度有効だ。

 けれど、何故かクリスタがいくら魔力を練り上げ治癒魔法を発動しようとしても光がクリスタの手のひらに現れた瞬間、ぱっと散ってしまう。

「──!? 何故、どうして……っ、私にも適性はある筈なのに……っ」
「クリスタ様……っ」
「何で魔法が発動出来なくなっているの……っ」
「──クリスタ様っ!」

 なぜ、どうして、と混乱しながらそれでもギルフィードの腹部に治癒魔法を発動し続けるクリスタの手首を掴み、ギルフィードは少々声を荒げてクリスタの行動を止めた。

「キシュートに……、最低限の処置はして貰っています。だから私は大丈夫……。クリスタ様こそ、無理に魔法を発動し続ければ魔力を消費し続けてしまいます」
「けれど……っ、私はギルフィード王子に何度も助けて貰っているのに……っ!」

 背中から肩に残る傷跡だってそうだ。
 ギルフィードが限界までディザメイアの国に残り、治癒魔法を掛け続けてくれたお陰で大分傷跡も薄くなっている。
 完全に消える事は無いが、それでもこれ程まで傷跡が薄くなったのは間違い無くギルフィードのお陰だ。

 それなのに、とクリスタはギルフィードの腹部に改めて視線を落とす。

 ──穴が開いた、と言っていたのは言葉の揶揄では無く実際本当に腹部を何かが貫通したのだろう。
 痛々しい傷跡が残り、皮膚が引き攣れている。
 キシュートが応急処置をしてくれた、と言ってはいたが医学の知識の無い者の治癒魔法では精々穴を塞ぐ程度しか出来ない。
 赤黒く皮膚が変色してしまい、見ているだけでこちら側にも痛みを感じてしまいそうな程ギルフィードの怪我は痛々しい。

「これだけの怪我をしているのよ……。むしろ、何故自分の国に帰らなかったの? 国に戻れば医学治癒師に治して貰えたでしょう!?」

 クリスタの悲痛とも言える声音に、ギルフィードはふわり、と笑みを浮かべるとか細く震えているクリスタの手に自分の手を重ねようとして、だが触れる寸前にぎゅっ、と自分の手を握りしめて腕を下ろす。
 未だに治癒魔法を発動しようとしては失敗しているクリスタに、ギルフィードは腹部を抑えながら口を開いた。

「国に戻っていては、この狩猟大会に間に合わなくなってしまいますから……。それに、クリスタ様に早く伝えなければ、と思い……」
「狩猟大会なんて……」

 気にしなくていいのに、と思ったクリスタだったが、「伝えなくてはならない事」は何なのだろうか、と疑問符を浮かべる。
 そんなクリスタの表情を見て、ギルフィードはクリスタに近寄り声を潜めて告げた。

「──元タナ国の王女、ソニア王女とはなるべく距離を取って下さい。出来る事ならば、あの王女とは言葉を交わす事も避けて欲しいのです」
「──!?」

 その言葉を言い終えたギルフィードは、驚くクリスタの肩に自分の手を乗せ、部屋から退出しようと一歩足を踏み出した。

 人払いをしてから大分時間が経っている。

 長時間クリスタと二人きりで居るのは流石に不味いだろう、と考えていつもの侍女を呼ぼうと動いたギルフィードだったがそこで自分の体が大きくふらついた。

「──あれ……、?」
「……っ! ギルフィード王子っ!」

 ぐらり、と傾くギルフィードの体を支えようとクリスタは咄嗟に自分の両腕を出してギルフィードの体を支えようとしたが、長身のギルフィードをクリスタの細腕で支える事は出来ない。
 身体強化の魔法を自分に掛けられれば良いのだが、何故か今のクリスタは魔法を発動しようとする度に魔力が霧散してしまう。

 ずしり、と意識を失ったギルフィードの体は重く、クリスタは小さな悲鳴を上げながらギルフィードと共に床に倒れ込んでしまった。




 控えの間の直ぐ入口に控えていたクリスタの侍女、ナタニア夫人ともう一人の侍女は控えの間の中から聞こえて来たクリスタのか細い悲鳴のような物と、次いで床に倒れ込むような音が耳に届き顔を見合わせた。

「──っ、」
「王妃殿下!?」

 クリスタが意識を失っていたあの期間。
 侍女二人はキシュート・アスタロス公爵と、ギルフィードと良く顔を合わせ会話をした。侍女である自分達にさえ礼儀正しく、優しい人間だ、と言う事は分かっている。
 だが、キシュートは兎も角ギルフィードは恐らくクリスタに懸想しているのは侍女達にも薄らと分かっていた。
 二人きりの室内。そんな場所でまさかとは思うが──、とナタニア夫人ともう一人の侍女は入室の許可は出ていないが慌てて控えの間に駆け込んだ。

 もし、ギルフィードがクリスタに無体を働いていたら。その時は申し訳無いがクリスタを救出するために攻撃をするしかない。
 ナタニア夫人はいつでも簡単な攻撃魔法を放てるように魔力を練り上げながら控えの間に駆け込み、そして目の前に広がる光景に目を見開いた。



「──っ、! 貴女達、急いで治癒魔法の使い手を呼んで来て!」
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