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しおりを挟む執務室に到着し、狩猟大会の手配を進めつつクリスタはふ、と顔を上げて侍女のナタニア夫人に声を掛けた。
「──そう言えば……あの件はどうなっているかしら?」
「……、? あぁ……! 桔梗ですか?」
「ええ、そう」
クリスタの言葉に一瞬考えたような素振りを見せたナタニアだったが、直ぐにクリスタが問うた内容に思い至ったのだろう。
ぱっ、と顔を上げて「桔梗」の花の名前を出す。
先程調べに向かった侍女から説明を受けたナタニアは、クリスタに近付き耳元でひっそりと報告を行う。
「王妃殿下のお考えの通りです……。近頃、バズワン伯爵が他国の貴族を邸宅に招待している、とか……」
「そう。……引き続きお願いするわ」
「かしこまりました。指示をしておきますね」
こくりとクリスタが頷いた事を確認したナタニアは一礼をして部屋から出て行く。
恐らく、バズワンを見張る役目の者にクリスタの指示を伝えに向かったのだろう。
(他国と通じて何をしようとしているのか……。私腹を肥やす程度であればいいけれど……)
他国の人間を邸宅に呼んでいるだけでは罪には問えない。
何をしようとしているのか、その部分を明確にしなければどうにも出来ない。
クリスタは自分の額を片手で覆い、俯く。
(陛下の手を借りたいけれど……あの状態じゃあ難しいわね。キシュート兄さんや、ギルフィード王子が居たら相談に乗ってくれたと思うけど……)
けれど、とクリスタはふるふると頭を横に振る。
(ディザメイアの公爵であるキシュート兄さんはまだしも、ギルフィード王子はクロデアシアの人間なのに……我が国の事を相談、なんて……)
はは、と乾いた笑いが零れ落ちてしまう。
他国の人を一瞬でも頼りにしてしまった事を恥じ入る。きっとギルフィードもクリスタからこんな相談をされてしまえば困ったような表情を浮かべるだろう。
だが、そこでふとクリスタは疑問に思う。
「キシュート兄さんも、ギルフィード王子からも……知らせが一度も無いのは変ね……」
ギルフィードが国を出てからもうふた月は経つ。
その間、ギルフィードから手紙が届いた事は無い。
国に戻って忙しくしているのだろうか。
そう考えたが、それにしては連絡の一つも寄越さないのは些か不自然なように思える。
「……狩猟大会の件で連絡が来るかと思っていたけど……」
ギルフィードはディザメイア国を出立する前にヒドゥリオンとある程度話を纏めてから国に戻ったらしく、狩猟大会についてはヒドゥリオンの補佐官から書類を渡されただけだ。
だが、その書類を確認すれば事足りる程纏めてあり、クリスタはこれを纏めたのがヒドゥリオンなのか、と最初驚いたのだがなんて事は無い。
手筈を殆ど纏めていたのはヒドゥリオンでは無くギルフィードだ、と知り納得した。
このふた月の間、忙しくしていたためあっという間に時間が過ぎてしまっていたが、ここまで連絡が来ないのもおかしい。
クリスタはこっそりとギルフィードとキシュートに連絡を取るように部下に告げた。
だが、ギルフィードともキシュートとも連絡を取れないまま、狩猟大会の日を迎えてしまった。
◇
狩猟大会当日。
その日は快晴で風も無く、秋口に入ったと言うのに肌寒くも無く丁度良い気候。
狩猟大会は一日では無く、五日間行われる。
狩猟大会を行うのはディザメイア国土のため、開会はディザメイアの国王であるヒドゥリオンが行う。
合同開催とは言え、クロデアシアは賓客と言う立場に近い。
だが、本来であればヒドゥリオンの後に王族であるギルフィードも姿を見せて参加している自国の貴族達に向けて言葉を発する予定だったのだが──。
「ギルフィード王子が消息不明、ですって……!?」
クリスタは今しがた聞いた言葉に驚きを隠せない。
クロデアシアの貴族、今回の狩猟大会に参加しているクロデアシア国の侯爵家当主からその話を聞き、戸惑ってしまう。
「クロデアシアの王族が消息不明……っ、そんな大事な時にこんな事をしている場合では無いでしょうっ、クロデアシアの国王陛下は何を考えていらっしゃるの!?」
クリスタの控えの間。
そこでは、秘密裏に通されたクロデアシアの侯爵がクリスタに頭を下げたまま、口を開いた。
「我が国の王族が消息不明、など……知られてはならない事です……。国王陛下も同じお考えで、今日までこの事をひた隠しに。……ですが、国王陛下は此度の狩猟大会を中止とするとは仰いませんでした……。ですから、何かを掴んでおられるからか、と……!」
「けれど、肝心の本人が未だ姿を現していないのよ……? 開会まではまだ時間があるとは言え、人が増えてくればギルフィード王子の姿が無い事に気付き始める人だって増えてくる……! 開会の時にクロデアシアの王族が不参加、なんて事が発覚したら──」
顰蹙を買うのは当然だ。
そして、その事に気付きもせずのうのうと準備を進めてしまっていたディザメイアの王族──いや、クリスタに非難が集中する事は避けられない。
(その事に気付かなかった私の落ち度だわ……。彼だから大丈夫だろう、と何の疑問も浮かばなかった……。ギルフィード王子と連絡が取れていないのに……っ)
何故楽観的に考えてしまっていたのだろうか、とクリスタは後悔する。
両国合同なのだから念入りに準備をしなければならない筈なのに。
クリスタが頭を抱えていると、クリスタの控えの間である場所から少し離れた場所。
屋外からわっ、と歓声が上がりクリスタはクロデアシアの侯爵と共に不思議そうに顔を見合わせた。
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